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40.噂話

あら、ごめんなさい

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 だからこそ、せめて自分くらいはのほほんとした春風のような空気をまとって、そんな杏子あんず対峙たいじしたい。


***


 岳斗がくとが経理課の入り口へ立ったと同時、ちょうどこちら向きに席が配置されていた杏子あんずと目が合って――。

 岳斗は自分に気付いてソワソワと瞳を揺らせる杏子を落ち着かせるように、ふわりと微笑んでみせた。先ほど鏡で確認した通り、上手く笑えているはずだ。

 ニッコリ笑いながら杏子あんずへ向けて軽く片手を上げてみせると、杏子がすぐそばの管理職らしき男の席――恐らくはアレが中村経理課長だろう――に何事かを話しに行って……。

 ちらりとこちらに視線を投げかけてきたその男が、きまり悪そうに慌てて岳斗がくとから視線を逸らすから。

(僕が弱みを握ってるのを知ってる?)

 杏子から転送されてきた音声データのことを思い出してイラッとした岳斗だったけれど、長年かけてつちかった腹黒スマイルを浮かべて、経理課長クソヤローへ向けて素知らぬ顔で黙礼をした。

 杏子が机の中から小さなカバンを取り出してと右足をかばいながらこちらへ向かってくるのを見詰めながら、岳斗は杏子を支えようと足を踏み出したのだけれど――。

 まるでそれをさえぎるようにサッと立ち上がった女性――ヤスイの取り巻きの一人――が、足を引きずりながら歩く杏子へと近付いていく。

「あら、ごめんなさーい♪」

 そうしてそんな声と同時にすれ違いざま、わざとらしく杏子の無事な方の足へ向けてその女の足が突き出されたのを見た岳斗は、自分が外部の人間だと言うことも忘れて経理課内へ飛び込むと、杏子を抱き止めていた。

 すんでで杏子が転倒するのを阻止そしした岳斗は、闖入者ちんにゅうしゃの自分を見上げてくるクソ女を冷めた目で見下ろす。

「杏子ちゃん、大丈夫?」

 岳斗の声に、杏子が落ち着かないみたいに「あの、岳斗さん。私、もう大丈夫なので……」と戸惑いに揺れる声音を上げて身じろいだ。

 そんな杏子には悪いが、岳斗は杏子を抱きしめる腕を緩める気なんてさらさらない。



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すみません、章の変わり目のため、本頁は文字数少なめですm(_ _)m
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