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40.噂話
あいつがササオか
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「ホント笹尾さん、災難でしたねぇー」
へらへらとした声音が上の方から聴こえてきて、岳斗は無意識にそこから死角になる位置へ身をひそめた。
(あいつがササオか)
相手からは見られないよう気を付けながら見上げれば、三階フロアの踊り場で立ち話をするスーツ姿の男二人が視界に入る。左側の男がしきりに隣の男へ〝ササオさん〟と呼び掛けているので、右手側にいるのがササオだと分かった。
(ササオは営業か)
ふたりの男の服装や、全身から漂う雰囲気に加え、営業課があるフロア付近にいるのを鑑みても間違いないだろう。
どうやらこの階段、社員らからほとんど使われていないらしい。
五階程度の社屋なら、最上階にあるエレベーターを一階で待っていても、それほど待たされないだろう。加えてこの薄暗さは、普段それほど人の往来を想定していないようにすら思えて――。
さっき、二階の踊り場付近を通った時に思ったが、各フロアの入り口にはドアもついていたから、階段を利用しようと思ったらわざわざそこを開けなければいけないというのもネックになっていそうだった。
だが、そんな場だからこそ、わざわざそこへ入り込んで立ち話をしている輩からは表では聞けない話が聞けるのではないかと期待してしまった岳斗である。
照明が微妙ではっきりとは見通せないが、年のころは自分と同年代か、少し若いくらいといったところだろうか。
そう目星をつけながら、岳斗はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出して二人の動画を撮影し始めた。こうなる場面を想定したわけではないが、ハイスペックのスマートフォンを選んでおいてよかったと思う。映像はともかくとして、音声は割とクリアに拾ってくれるはずだ。
***
「あれさぁ、亜矢奈が来なかったら怪我させられたのをネタに美住さんのこと、落とせてた気がするんだよね、俺」
「わー、笹尾さん、悪い男っすねー。正直階段から落ちたのだって実はデモンストレーションだったんじゃないっすか?」
「え? 志波、何でそう思うの?」
「えー、今更そんなこと訊きます? 俺、何年笹尾さんの下に就いてると思ってるんっすか。あんな上の方から落っこちてほとんど怪我してないって……落ち方うますぎっしょ。怪し過ぎますって」
そこで〝シバ〟と呼ばれた男がクスクス笑う声が聞こえてきて、岳斗は腹立たしさに我知らず、スマホを持つ手に力が込もる。
正直今すぐ出て行って、二人のことを殴り飛ばしてやりたい気分だ。だが、そんな一時的な制裁で許してやるのは生ぬるい。そう思い直して、湧き上がる激情をグッと押し殺した。
「いや、俺だって全く無傷ってわけじゃねぇぞ?」
左手首に巻かれた包帯をわざとらしく見せるササオに、シバが「それだってみんなに騒がれたから怪我したってことにしただけで……実際は痛くもなんともないんでしょう?」とニヤニヤする。
へらへらとした声音が上の方から聴こえてきて、岳斗は無意識にそこから死角になる位置へ身をひそめた。
(あいつがササオか)
相手からは見られないよう気を付けながら見上げれば、三階フロアの踊り場で立ち話をするスーツ姿の男二人が視界に入る。左側の男がしきりに隣の男へ〝ササオさん〟と呼び掛けているので、右手側にいるのがササオだと分かった。
(ササオは営業か)
ふたりの男の服装や、全身から漂う雰囲気に加え、営業課があるフロア付近にいるのを鑑みても間違いないだろう。
どうやらこの階段、社員らからほとんど使われていないらしい。
五階程度の社屋なら、最上階にあるエレベーターを一階で待っていても、それほど待たされないだろう。加えてこの薄暗さは、普段それほど人の往来を想定していないようにすら思えて――。
さっき、二階の踊り場付近を通った時に思ったが、各フロアの入り口にはドアもついていたから、階段を利用しようと思ったらわざわざそこを開けなければいけないというのもネックになっていそうだった。
だが、そんな場だからこそ、わざわざそこへ入り込んで立ち話をしている輩からは表では聞けない話が聞けるのではないかと期待してしまった岳斗である。
照明が微妙ではっきりとは見通せないが、年のころは自分と同年代か、少し若いくらいといったところだろうか。
そう目星をつけながら、岳斗はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出して二人の動画を撮影し始めた。こうなる場面を想定したわけではないが、ハイスペックのスマートフォンを選んでおいてよかったと思う。映像はともかくとして、音声は割とクリアに拾ってくれるはずだ。
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「あれさぁ、亜矢奈が来なかったら怪我させられたのをネタに美住さんのこと、落とせてた気がするんだよね、俺」
「わー、笹尾さん、悪い男っすねー。正直階段から落ちたのだって実はデモンストレーションだったんじゃないっすか?」
「え? 志波、何でそう思うの?」
「えー、今更そんなこと訊きます? 俺、何年笹尾さんの下に就いてると思ってるんっすか。あんな上の方から落っこちてほとんど怪我してないって……落ち方うますぎっしょ。怪し過ぎますって」
そこで〝シバ〟と呼ばれた男がクスクス笑う声が聞こえてきて、岳斗は腹立たしさに我知らず、スマホを持つ手に力が込もる。
正直今すぐ出て行って、二人のことを殴り飛ばしてやりたい気分だ。だが、そんな一時的な制裁で許してやるのは生ぬるい。そう思い直して、湧き上がる激情をグッと押し殺した。
「いや、俺だって全く無傷ってわけじゃねぇぞ?」
左手首に巻かれた包帯をわざとらしく見せるササオに、シバが「それだってみんなに騒がれたから怪我したってことにしただけで……実際は痛くもなんともないんでしょう?」とニヤニヤする。
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