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38.杏子の受難
もう大丈夫なので
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「美住さん、ちょっと……」
上司の中村経理課長から小会議室へ呼び出された杏子は、きっともっと良くない状況になるんだろうなと覚悟を決めた。
***
「美住さん、先日の笹尾くんとの件でみんなとギクシャクしてるみたいだけど……平気?」
てっきり噂のことについて責められるんだと思っていた杏子は、労わるように投げかけられた中村課長の言葉に、逆に戸惑って反応が遅れてしまった。
落ちた段数は笹尾雄介の方が多かったが、「笹尾くんは背中や腕、脚などに青あざが出来た程度だったみたいだよ。だからそこに関してはそんなに気を病まなくてもいい」と課長から聞かされて、杏子はぼんやりと思ったのだ。(結局は歩くのもままならない自分の方が、身も心も痛手を負ってしまっているのかな?)と。
「あ、あの……」
世渡り上手で人気者の笹尾雄介と、その彼女で美人の安井亜矢奈に敵視された杏子は、ハッキリ言って針の筵状態。杏子の必死の訴えを信じてくれるような人は一人もいなかったし、今まで仲良くしてくれていた同僚たちも、安井たちに睨まれることを恐れてか、話しかけてくれなくなった。
杏子は、今日のランチも一人寂しく食べたのだ。
だから、だったのかも知れない。
不意に投げかけられた自分を気遣ってくれるような言葉に、杏子がつい縋るような視線を投げかけてしまったのは。
「ねぇ、美住さん。キミがそのつもりなら、私も便宜をはかってあげられるんだけど、どうかな?」
いきなり距離を縮められて、不意に肩へ手を載せられた杏子は、捻挫した足の痛みも手伝ってふらりとよろけた。
そんな杏子の腰を、「おっと危ない」と言いながらグイッと引き寄せてきた中村課長に、杏子は訳が分からず瞳を見開いた。
「あ、あの……課長? 私、もう大丈夫……なので」
言って、そっと中村課長から離れようとしたのに、腕を緩めてくれる気配がないのは何故だろう?
「……課長?」
戸惑いに揺れる瞳で中村課長を見上げたら「魚心あれば水心って言葉、賢い美住さんになら分かるよね?」とにっこり微笑まれた。
中村課長は妻帯者で、今奥様は三人目のお子さんを妊娠中のはずだ。それに、もし課長がフリーだったとしても、恋人でもない相手からこんな風にされるのは杏子の本意ではない。
杏子は、「おっしゃられている言葉の意味が分かりません!」と言って中村課長を睨みつけた。
「これ以上変なことをなさるようなら、セクハラで訴えます!」
言いながら、杏子はポケットへ入れたままにしていたスマートフォンにそっと触れる。
上司の中村経理課長から小会議室へ呼び出された杏子は、きっともっと良くない状況になるんだろうなと覚悟を決めた。
***
「美住さん、先日の笹尾くんとの件でみんなとギクシャクしてるみたいだけど……平気?」
てっきり噂のことについて責められるんだと思っていた杏子は、労わるように投げかけられた中村課長の言葉に、逆に戸惑って反応が遅れてしまった。
落ちた段数は笹尾雄介の方が多かったが、「笹尾くんは背中や腕、脚などに青あざが出来た程度だったみたいだよ。だからそこに関してはそんなに気を病まなくてもいい」と課長から聞かされて、杏子はぼんやりと思ったのだ。(結局は歩くのもままならない自分の方が、身も心も痛手を負ってしまっているのかな?)と。
「あ、あの……」
世渡り上手で人気者の笹尾雄介と、その彼女で美人の安井亜矢奈に敵視された杏子は、ハッキリ言って針の筵状態。杏子の必死の訴えを信じてくれるような人は一人もいなかったし、今まで仲良くしてくれていた同僚たちも、安井たちに睨まれることを恐れてか、話しかけてくれなくなった。
杏子は、今日のランチも一人寂しく食べたのだ。
だから、だったのかも知れない。
不意に投げかけられた自分を気遣ってくれるような言葉に、杏子がつい縋るような視線を投げかけてしまったのは。
「ねぇ、美住さん。キミがそのつもりなら、私も便宜をはかってあげられるんだけど、どうかな?」
いきなり距離を縮められて、不意に肩へ手を載せられた杏子は、捻挫した足の痛みも手伝ってふらりとよろけた。
そんな杏子の腰を、「おっと危ない」と言いながらグイッと引き寄せてきた中村課長に、杏子は訳が分からず瞳を見開いた。
「あ、あの……課長? 私、もう大丈夫……なので」
言って、そっと中村課長から離れようとしたのに、腕を緩めてくれる気配がないのは何故だろう?
「……課長?」
戸惑いに揺れる瞳で中村課長を見上げたら「魚心あれば水心って言葉、賢い美住さんになら分かるよね?」とにっこり微笑まれた。
中村課長は妻帯者で、今奥様は三人目のお子さんを妊娠中のはずだ。それに、もし課長がフリーだったとしても、恋人でもない相手からこんな風にされるのは杏子の本意ではない。
杏子は、「おっしゃられている言葉の意味が分かりません!」と言って中村課長を睨みつけた。
「これ以上変なことをなさるようなら、セクハラで訴えます!」
言いながら、杏子はポケットへ入れたままにしていたスマートフォンにそっと触れる。
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