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37.家族になりたい

羽理の心のわだかまり

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 羽理うりの反応は気になったが、まぁ〝なつのトマト〟については時間のある時にインターネットで検索してみればいいかと思った大葉たいようは、「それはさておき――」と話を切り替えた。

 そのことにホッとしたように「はいっ」と声を弾ませた羽理を見て、(なつのトマト恐るべし!)などと斜め上のことを思いながら、大葉たいようは「家、せっかく探すならお前の意見も聞きたいんだ」と、当初話したかった話題へと軌道修正する。

「ほら。ここみたいに賃貸ちんたいも悪くねぇとは思うんだけど……いっそのこと一軒家を買うのも手だなって思ってる。イヤか……?」

「へっ?」

 実家ほどだだっ広い土地は必要ないが、庭付き一軒家だと家庭菜園が出来て嬉しい……などと密かに思っている大葉たいようである。

「そ、れは……さすがに贅沢、じゃないでしょうか?」

「ん? 贅沢? んなこたねぇだろ。実際――」

 ソワソワオロオロと自分を見詰めてくる羽理が愛しくて、大葉たいようは腕の中のキュウリを一旦足元へ下ろすと、羽理の頬へそっと触れた。

 下から愛娘のキュウリが大きな瞳でじっと自分たちを見上げているのを感じながら、大葉たいようは羽理の頬からあごへ向けてツツッと指先を滑らせる。

「俺、家一軒程度なら現金一括で難なく買えるくらいの資金力はあるつもりだぞ?」

 趣味は土いじりと料理。
 せいぜい肥料や野菜の苗、それから育った作物の支柱やうねを覆うビニールトンネルなど……そんなものや食材くらいにしか金を使ってこなかった大葉たいようは、同年代の男たちに比べてかなり潤沢多めに貯金をしている方だ。

(ウリちゃんだってそんなに金食い虫じゃねぇしな)

 通院などになれば人間みたいに健康保険が利かない分、実費で全額負担になってしまうが、キュウリを家に迎え入れた頃から大事を取ってペット用の医療保険には加入している。

 幸いキュウリはまだ年若くてこれといった持病もないから、今のところ年に一度の狂犬病予防接種と、ジステンパー・パルボ・犬アデノウィルスなどを予防する混合ワクチン。それからフィラリア・ノミ・ダニの予防がひとつで出来るオールインワンタイプの予防薬を春から秋にかけての数ケ月間処方してもらっているくらいで、保険適用外での通院ばかりだ。

『おしゃ。あと……あたち、月に一回トリミングびよーいんにも連れて行ってもらってまちゅよ?』

 愛らしいリボンが両耳についているウリちゃんにキュルン♪とした目で見詰められて、大葉たいようは(可愛いな、ウリちゃん!)とハートを鷲掴わしづかまれながら『それも問題ないでちゅよ』と心の中で返答する。


「でも……」

「なぁ、羽理うり。子供が出来たとき、庭で思いっきり駆け回らしてやりてぇなとか思ってるの、俺だけか?」

 キュウリちゃんと一緒にがキャッキャいいながら自分が作った家庭菜園の周りを駆け回る姿を想像して思わず口元をほころばせた大葉たいように、「こ、ども?」と羽理が瞳を見開いた。

「あの……大葉たいようは……私との間に赤ちゃんが出来てもイヤじゃ……ない? 迷惑だって思ったりしない?」

 ややして心配そうに眉根を寄せた羽理からそう問い掛けられた大葉たいようは、息を呑んだ。

 きっと羽理はずっと……自分が出来たことで父親からはうとまれ、母親には苦労を掛けてきたと、心の中にわだかまりを持ってきたんだろう。

「忘れたのか? 俺はお前と家族になりたいんだ。そんな俺が、お前との間に子供が出来たとき、喜ぶ以外の選択肢なんてないと思わねぇ?」

 羽理の母親と祖母に、同棲はもちろん結婚の承諾だって取ったのだ。
 大葉たいようの中で、今から始まる羽理との同棲生活は、すなわち結婚生活への序章と変わらない。それを羽理にも分かって欲しいと思った。


***
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