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36.乃子との約束
羽理の願い
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玄関先は扉を背にしたいわゆる逆光だったから気付けなかったのだが、ダイニングと一続きになった和室へ通されてみると、広縁から燦燦と陽光が降り注いでいるからだろう。
大葉の黒色のスーツには、毛皮の白い毛が沢山付いているのがイヤになるほどガッツリ見えた。
「スーツで白猫は鬼門だったね!」
羽理に「ありゃりゃ」と言われながらそのことを指摘された大葉は、自身を見下ろして(さすがにこれは……)と思った。
猫アレルギーの人間なら、遠目に見ただけで目がかゆくなりそうだ。
「毛皮っ子の毛ぇ取るんはコロコロが一番じゃ」
おばあさんから粘着ローラーを差し出された大葉は、「有難うございます」とそれを受け取って、自分で服に付着した毛を取ろうとしたのだが。
「私がやってあげる!」
横から羽理の手が伸びてきて、手渡されたばかりのコロコロを奪われてしまう。
「まぁうーちゃんってばすっかり素敵な奥さんねぇ♥」
途端乃子がニヤニヤしながらそんな娘を冷やかして、羽理が「ま、まだ奥さんじゃないもんっ!」と耳を赤く染めながらぷぅっと頬を膨らませる。
今日は、そんな羽理との結婚の許しをもらいに来たくせに、大葉は目の前で繰り広げられる母娘のやり取りにやたらキュンとしてしまった。
(やべぇ、俺の嫁(仮)、可愛い過ぎか!)
何より羽理が自分のためにせっせとコロコロを掛けてくれている様は、乃子の言葉ではないが新妻を髣髴とさせられて、思わずギュゥッと抱きしめたくなるくらい愛しい。
「あ、そうだ。今更だけどエチケットブラシもあるわよ?」
空色のエチケットブラシを手に、「コロコロより、やってる姿がドラマのワンシーンっぽくて絶対お勧め!」と意味不明の理由で羽理の手からコロコロを取り上げようとしてくる乃子に、すかさずおばあさんが「そのブラシはダメじゃ。全然取れんし、下手したら逆に毛まみれになる!」と言い切って、「それはお母さんが逆方向に掛けるからですよ」と乃子に瞬殺される。
大葉には、そんな二人のやり取りさえ、何だかほっこりと温かく感じられてしまった。
(こういう環境で育ったから羽理は変にひねくれなかったんだろうな)
片親――しかも婚外子ともなれば、下手するとそれを負い目に感じてしまう人間も少なからずいるはずだ。
だが、羽理からはそういう悲哀じみたものを感じたことは微塵もなくて。
強いて言えば、時折自分のように父親のいない子供が出来ることを恐れているのを感じさせられることがあるくらいだ。
キスで蕩けた顔をしていたくせに、いざ最後の一線を越えようとした途端不安そうに瞳を揺らしながら、「私たち、ちゃんと結婚するんだよね?」と再確認されたのを思い出した大葉である。
(まぁ……表にゃ出さねぇが、やっぱそれなり寂しい思いはしたってことだよな)
恐らくまだ見ぬ我が子には、父親のいる暮らしをさせてやりたいと思い続けてきたんだろう羽理の気持ちを、大葉は全力で叶えてやりたい。
そのためにも――。
大葉の黒色のスーツには、毛皮の白い毛が沢山付いているのがイヤになるほどガッツリ見えた。
「スーツで白猫は鬼門だったね!」
羽理に「ありゃりゃ」と言われながらそのことを指摘された大葉は、自身を見下ろして(さすがにこれは……)と思った。
猫アレルギーの人間なら、遠目に見ただけで目がかゆくなりそうだ。
「毛皮っ子の毛ぇ取るんはコロコロが一番じゃ」
おばあさんから粘着ローラーを差し出された大葉は、「有難うございます」とそれを受け取って、自分で服に付着した毛を取ろうとしたのだが。
「私がやってあげる!」
横から羽理の手が伸びてきて、手渡されたばかりのコロコロを奪われてしまう。
「まぁうーちゃんってばすっかり素敵な奥さんねぇ♥」
途端乃子がニヤニヤしながらそんな娘を冷やかして、羽理が「ま、まだ奥さんじゃないもんっ!」と耳を赤く染めながらぷぅっと頬を膨らませる。
今日は、そんな羽理との結婚の許しをもらいに来たくせに、大葉は目の前で繰り広げられる母娘のやり取りにやたらキュンとしてしまった。
(やべぇ、俺の嫁(仮)、可愛い過ぎか!)
何より羽理が自分のためにせっせとコロコロを掛けてくれている様は、乃子の言葉ではないが新妻を髣髴とさせられて、思わずギュゥッと抱きしめたくなるくらい愛しい。
「あ、そうだ。今更だけどエチケットブラシもあるわよ?」
空色のエチケットブラシを手に、「コロコロより、やってる姿がドラマのワンシーンっぽくて絶対お勧め!」と意味不明の理由で羽理の手からコロコロを取り上げようとしてくる乃子に、すかさずおばあさんが「そのブラシはダメじゃ。全然取れんし、下手したら逆に毛まみれになる!」と言い切って、「それはお母さんが逆方向に掛けるからですよ」と乃子に瞬殺される。
大葉には、そんな二人のやり取りさえ、何だかほっこりと温かく感じられてしまった。
(こういう環境で育ったから羽理は変にひねくれなかったんだろうな)
片親――しかも婚外子ともなれば、下手するとそれを負い目に感じてしまう人間も少なからずいるはずだ。
だが、羽理からはそういう悲哀じみたものを感じたことは微塵もなくて。
強いて言えば、時折自分のように父親のいない子供が出来ることを恐れているのを感じさせられることがあるくらいだ。
キスで蕩けた顔をしていたくせに、いざ最後の一線を越えようとした途端不安そうに瞳を揺らしながら、「私たち、ちゃんと結婚するんだよね?」と再確認されたのを思い出した大葉である。
(まぁ……表にゃ出さねぇが、やっぱそれなり寂しい思いはしたってことだよな)
恐らくまだ見ぬ我が子には、父親のいる暮らしをさせてやりたいと思い続けてきたんだろう羽理の気持ちを、大葉は全力で叶えてやりたい。
そのためにも――。
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