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32.嫌だから、嫌なんです!

嫌です

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 そもそも杏子あんずが自分のアパート近くに住んでいると知れば、羽理うりだってきっと心穏やかじゃいられないはず。

 大葉たいようは、ちゃんと話した方が羽理に同棲を決意してもらういい判断材料になるんじゃないかと今更のように気が付いた。


「さっき……岳斗がくと杏子あんずとたまたま出会ったって言ったよな? ――あれ、お前んの近くの神社で、って話だったんだ」

「近くのって……もしかして居間猫いまねこ神社?」

「ああ」

 どうしてそんなところに倍相ばいしょう岳斗がくとがいたのかも含めて説明をしたら、羽理が自分に言い聞かせるように「居間猫神社……」とつぶやいた。

岳斗がくとが言うにはお前の家と杏子あんずの家、すっげぇ近いらしいんだ。――それこそ出会っちまっても不思議じゃねぇくらい……」

 言って、岳斗からこれ以上杏子の心をかき乱さないためにも羽理うりとの同棲を勧められたことを付け加えたら、羽理がハッとしたように大葉たいようを見詰めてきた。

「あー、いや、その……それはきっかけに過ぎねぇからな!? べ、別に岳斗に言われたから一緒に暮らしたいって言ったわけじゃねぇし、俺自身ずっとそう出来たら嬉しいな? とは思ってたんだ。――それに……ほら、お前も! 道端でバッタリ杏子と出会ったりしたら……気まずいだろ?」

 その視線の居心地の悪さに、さり気なく矛先を〝羽理が杏子と出会うこと〟にシフトチェンジしてみた大葉たいようだったのだけれど。

「嫌です……」

 ポツンと羽理がこぼして、自分の腕にそっと添えられているだけだった彼女の手指に力が込められた。

「羽理?」

 嫌、とは……ひょっとして自分と住むことに対しての言葉だろうか?
 だとしたら物凄いショックだ。

 小さな身体をフルフルと震わせて、羽理が意気消沈の自分の顔をすぐ間近から見上げてくる。同居の提案を断られて泣きたいのはこっちなのに、何故か大葉たいようが大好きなちょっぴり吊り気味のアーモンドアイをうるりと潤ませた羽理に、大葉たいようは釘付けになった。

「――私っ、……すぐにお引越ししますっ!」

 ややして決意を込めたようつぶやかれた羽理うりの力強い言葉に、てっきり泣くほど同棲が嫌だったのかと動揺していた大葉たいようは、一瞬『え?』と思って。ややしてその意味を理解するなりぱぁっと瞳を輝かせた。

「なぁ、羽理、それ、ホントかっ!? だったら善は急げだな!? いつにする? もちろん引っ越しは俺も手つ……」

「要りません!」

 俺も手伝うから……と言おうとしたら、半ば被せるように羽理から思いっきり拒絶されて、大葉たいようは「何でだ!?」と思わず不満を口に乗せたのだけれど。

「嫌だから、嫌なんです!」

 絶対にこれだけは譲れないのだという強い意志の感じられる眼差しで「大葉たいよう金輪際こんりんざいうちのアパートには近付かないでください!」と付け加えられた大葉たいようは、羽理から発せられる余りの剣幕に気圧けおされて、グッと言葉に詰まった。

 そんな二人をキュウリがソワソワしたように交互に見上げてくる。その様がまるで自分を映す心の鏡のように思えた大葉たいようは「おいで?」と、声を掛けたのだけれど。

 キュウリより先に羽理が腕の中に飛び込んできて、そのことにも滅茶苦茶驚かされてしまった。

「えっ!? う、羽理!?」

 羽理の細い二の腕が背中へキュゥッと回される感触を感じながら、大葉たいようは『何が起こっているんだ!?』とオロオロと戸惑う。

「ねぇ大葉たいよう。どうして抱きしめ返して、……くれないの?」

 だが、腕の中からそんな言葉とともにじっと見上げられて、不安そうな顔で眉根を寄せられた大葉たいようは、腕の中の羽理を抱き寄せた。

 そうして雰囲気に流されるまま、羽理の唇をふさごうとして――。

 キュウン……というキュウリの切なげな声音にハッとした大葉たいようは、羽理と瞳を見合わせて、二人して照れ臭さで真っ赤になった。


***
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