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31.メッセージ

ファミレスディナー

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「今日は本当に有難うございました。久しぶりに誰かとお夕飯を食べた気がします」

「それはこちらこそだよ。杏子あんずちゃん、今日は僕のワガママに付き合ってくれて有難う」

 岳斗がくととしては、もう少し格式ばった場所で杏子あんずにディナーをご馳走したかった。だが、最初からそんな風に気合を入れたら逃げられてしまいそうな気配を杏子が全身から漂わせていたから。傷心の杏子が、デートだと意識しないで誘いに乗ることが出来るファミリーレストランでの食事を提案したのだ。それは岳斗なりの計算であり、賭けでもあった。

 最初のうちこそ、そんな気安い感じの場への誘いでさえ固辞しまくりの杏子だったのだけれど、岳斗がしゅんとした様子で、「実は僕も失恋したばかりなんだ。……一人でいると色々考えちゃうから、お願い……」と眉根を寄せたら、やっとOKしてくれて。
 岳斗が思った通り、美住みすみ杏子あんずと言う女性は、自分の痛みよりも他者の痛みに寄り添おうとするところがあるらしい。

 考えてみれば、自分以外の人間――例えば荒木あらき羽理うり法忍ほうにん仁子じんこ屋久蓑やくみの大葉たいよう、もっといえば五代ごだい懇乃介こんのすけなんかにもそういうところが見受けられる。
 岳斗は、自分には欠落しているそういう損得そんとく勘定かんじょう抜きの行動を、ついさっき会ったばかりの人間にも向けてくれる杏子にますます惹かれていることを自覚した。

 杏子は食事中、それこそ自分の失恋のことにすら岳斗を気遣ってか口にしようとしなくて。仕事のことなど当たり障りのない話ばかりを振ってくれた。
 実際は岳斗の傷心なんて所詮はまやかし。元々大したことはなかったし、どちらかといえば杏子の心の傷の方が出来立てほやほやで痛ましいくらいのはずだ。
(僕が嘘をついて誘っていなかったら……色々聞いてあげられて、杏ちゃん、少しはデトックス出来たのかな?)
 ふと、杏子目線に立ってそんなことを思ってしまった自分の変化に、ちょっとだけ驚いてしまった岳斗である。

 結局、杏子あんずの心をなぐさめるきっかけが掴めないまま、仕事のことを中心に何ということのない、取り止めのない話をしてしまったのだけれど。
 そうする中で、杏子が事務用品を扱う会社の経理課に所属していることが分かっていつの間にか、「わー、僕も経理課を取りまとめる財務経理課長なんだ。なんか縁があるねー」と大いに盛り上がってしまった。
 業種は違っても、経理というのは大抵やることが同じというのも良かったんだろう。

 もし一緒に行っていたのがアルコールありきの店だったなら、酒の力でもっと別の話に展開していけたのかもしれないが、ソフトドリンクばかりが並ぶファミレスのドリンクバーではそこまではのぞめなかった。

 だが食事に行く前は、アパート前まで送るのが関の山だと思っていた杏子が、「すっかり遅くなっちゃたし、部屋へ入るところまで見届けさせて?」という岳斗がくとの願いを聞き届けてくれただけでも上々だろう。
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