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30.失恋のその先

失恋の特効薬

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 岳斗がくとは淡く笑みを浮かべて告げられた杏子あんずの言葉に、「そう……」と小さくつぶやいた。自分が母親を亡くしたのは一〇歳を過ぎてからだったし、杏子の言葉を借りるならば母との思い出が記憶に残り過ぎている。母が亡くなる少し前にいきなり現れた父親と名乗った男とは、親子としての関係自体最初から破綻はたんしていたし、父に引き取られたことで出来た義母からは虐待されて育った。

 結果として、岳斗は穏やかに微笑む表情の裏側で、どす黒い感情を抱いていることがあるような、二面性のある人間になってしまった。

 羽理うりの、母子家庭という生い立ちを知った時にも感じたけれど、片親というのがすぐさま自分のようなひねくれた人間を形成するのではないのだと思い知らされた気がして――。

(僕も父親といい関係を築けていたら少しは違ったのかな)

 実父との二人きりの幼少期を〝幸せだった〟と言い切れる杏子あんずのことが、岳斗にはまぶしく見えた。

 羽理にも感じたけれど、岳斗はどこか自分と共通の生い立ちをしているくせに、自分にはないものを持っている人に強く惹かれるところがある。
 逆に大葉たいようみたく持ち過ぎている相手には激しい嫉妬を覚えるのだが、人は人、自分は自分だと思えないのは心の中にぽっかりと何かが欠如しているからだろうか。

 自分を外見で判断する女性たちのことを嫌悪しているくせに、自分は女性を見た目で選別している矛盾にも気が付いている。そういうのも含めて凄くイヤだと思うのに、なかなか直せない。

 ただ、ちょっと前までの自分なら分かっていても直す気なんてなかったはずなのだ。下手すると、『イヤな自分のままでいて、何が悪いんだ?』とすら思っていた。それを直したいと思えるようになったのはきっと、大葉たいようのお陰だ。

 自分を理解してくれる同志のような存在に加えて、羽理うりでは満たせなかった、家族になり得る相手に恵まれたなら、もっともっとマシな人間になっていけるような気がして――。

(この子ならあるいは……)

 岳斗がくとは、求められた質問への回答を一生懸命してくれている杏子あんずを、熱のこもった視線で見詰めた。

「実は土井さんから私、たいくん……えっと……その甥っ子さんの好みのタイプだって言われて。もしそれが本当なら、何で私、会ってもらえもせずにお見合いを断られちゃったのかな? って納得いかなかったんです。それで……お恥ずかしい話なんですけど、さっきお見合い相手の彼に説明を求めに行って……彼女さんとのラブラブぶりを見せつけられて、撃沈したばかりで……」

 ぎゅっと胸の辺りを掻きむしるみたいに掴んで「彼に突撃するまでたいくんに彼女がいるの、知らなかったんです……」と表情を曇らせた杏子を見て、岳斗の心はざわついた。

「杏子ちゃんは、……そのお見合い相手のことが好きだったんだね」

 胸の奥にチクリとした痛みを感じながらも岳斗がそう問いかけたら、
「へへっ。バカですよね」
 どこか自虐的に微笑んだ杏子が、「あれ?」とつぶやいてポロリと涙をこぼした。

 それを見た岳斗は、思わず彼女をギュッと抱きしめずにはいられなくて。

 ――振り向いてもらえない不毛な恋は、捨ててしまいなよ?

 自分も杏子と同じ経験をしたばかりだから分かる。

 そう簡単に捨て去れる気持ちじゃないけれど、新しい恋を始めることが、何よりの特効薬になるはずだ。
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