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30.失恋のその先
お見合い相手
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「あ、あの……」
ソワソワと視線を揺らせる杏子の前にしゃがみ込んだ倍相さんが、「ちょっとごめんね」と断りを入れてから買ってきたばかりのコットンに消毒液を染み込ませてから杏子のひざにポンポンと押し当ててきた。
「ホントは流水で洗い流すのが一番なんだけどとりあえず応急処置ね」
言いながら杏子の傷口を丁寧に清めてから、やはり一緒に買って来てあったんだろう。ビニール袋の中から絆創膏を取り出すと傷口に貼ってくれる。
「勝手にごめんね。血が流れたままなのが気になっちゃって。そんなに深い傷じゃないから、痣にはならないと思うけど……化膿したりしたら大変だから」
杏子が、「よし出来た」と立ち上がった倍相さんを驚き顔で見詰めていたら、「で、えっと……杏子ちゃん? は僕の勤め先を知ってるの?」と先程聞かれた質問を再度投げ掛けられた。
てっきり美住の方で呼びかけられると思っていた杏子は、それだけでも一杯一杯なのに、問い掛けられた内容にもどう答えたらいいか戸惑って――。
散々ぐるぐるした結果、「そのっ。……結局セッティング前にダメになってしまったんですけど……お見合いする予定だったお相手の方が倍相さんと同じお勤め先の方だったんです……」と、包み隠さず話してしまっていた。
***
杏子の言葉を聞いた岳斗は、『もしかしてそれって……』と思う。つい最近見合い話を断った土恵商事の人間と言われたら、一人しか思い浮かばなかったからだ。
「……ひょっとして相手の男性って、うちの総務部長だったりする……?」
その問い掛けに、杏子はちょっとだけ考えて、「どこの、だったかは覚えてないんですけど……部長さんなことは確かです。……社長さんの甥っ子の……」と答えて、何かを思い出したのか辛そうに眉根を寄せる。
岳斗は〝社長の甥っ子〟という言葉を聞いて、杏子の見合い相手は自分の思った通り屋久蓑大葉だったのだと確信した。
「うちの実家、土井さんのご自宅と近所で……。私が幼くして母を亡くしたのを不憫に思って下さったのかも知れません。小さい頃は土井さん宅によくお呼ばれして……その……今回お見合いを断られてしまった甥っ子さんや、彼のお姉さんたちとよく遊んだんです」
見合い相手が大葉だったことに奇縁を感じて軽く驚いていた岳斗は、杏子が何気なく語った言葉に小さく息を呑んだ。
「杏子ちゃん、お母さんいないの?」
どこか探るような顔つきになってしまっていたからかも知れない。「あ、はい」と答えた杏子が、「でもっ」と即座に付け加える。
「でもっ。母が亡くなったのは私が二歳の頃だったのでほとんど覚えていないんです。だからそんなに悲観的には感じてなくて……むしろそのぶん父が頑張ってくれたので、幸せな幼少期だったと思います」
ソワソワと視線を揺らせる杏子の前にしゃがみ込んだ倍相さんが、「ちょっとごめんね」と断りを入れてから買ってきたばかりのコットンに消毒液を染み込ませてから杏子のひざにポンポンと押し当ててきた。
「ホントは流水で洗い流すのが一番なんだけどとりあえず応急処置ね」
言いながら杏子の傷口を丁寧に清めてから、やはり一緒に買って来てあったんだろう。ビニール袋の中から絆創膏を取り出すと傷口に貼ってくれる。
「勝手にごめんね。血が流れたままなのが気になっちゃって。そんなに深い傷じゃないから、痣にはならないと思うけど……化膿したりしたら大変だから」
杏子が、「よし出来た」と立ち上がった倍相さんを驚き顔で見詰めていたら、「で、えっと……杏子ちゃん? は僕の勤め先を知ってるの?」と先程聞かれた質問を再度投げ掛けられた。
てっきり美住の方で呼びかけられると思っていた杏子は、それだけでも一杯一杯なのに、問い掛けられた内容にもどう答えたらいいか戸惑って――。
散々ぐるぐるした結果、「そのっ。……結局セッティング前にダメになってしまったんですけど……お見合いする予定だったお相手の方が倍相さんと同じお勤め先の方だったんです……」と、包み隠さず話してしまっていた。
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杏子の言葉を聞いた岳斗は、『もしかしてそれって……』と思う。つい最近見合い話を断った土恵商事の人間と言われたら、一人しか思い浮かばなかったからだ。
「……ひょっとして相手の男性って、うちの総務部長だったりする……?」
その問い掛けに、杏子はちょっとだけ考えて、「どこの、だったかは覚えてないんですけど……部長さんなことは確かです。……社長さんの甥っ子の……」と答えて、何かを思い出したのか辛そうに眉根を寄せる。
岳斗は〝社長の甥っ子〟という言葉を聞いて、杏子の見合い相手は自分の思った通り屋久蓑大葉だったのだと確信した。
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「杏子ちゃん、お母さんいないの?」
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「でもっ。母が亡くなったのは私が二歳の頃だったのでほとんど覚えていないんです。だからそんなに悲観的には感じてなくて……むしろそのぶん父が頑張ってくれたので、幸せな幼少期だったと思います」
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