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30.失恋のその先

僕の勤め先、知ってるの?

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「あのっ、だとしたら尚のこと送っていただくわけにはいきません。私、一人で大丈夫ですので」

 ソワソワしながら、やんわりと倍相ばいしょうさんの手を振り解こうと取られた腕を引いたら、クスッと笑われてしまった。

「もしかして、僕が恋人に会いに行こうとしてると思って遠慮してる?」

 図星だったのでうつむいたまま無言でいたら、「そういう相手じゃないから気にしないで?」と言われてしまう。

「あ、あの。じゃあ……ご家族ですか?」

 恋人じゃないなら家族――母親や姉妹きょうだいかな? と思って何の気なくそう口走ってから、杏子あんずはぼんやりしていたとはいえ初対面の相手に何て不躾ぶしつけに突っ込んだ質問をしてしまったんだろうと反省した。

「ごめんなさいっ。私……」

 慌てて謝ったら「別に構わないよ?」と何となく寂しそうな声音を落とされて。
 もしかして、ご家族のことはタブーだったのかも? と杏子は一人オロオロしてしまう。

 話しながら歩いているうち、いつの間にかコンビニ前まで来ていて、倍相ばいしょうさんが名案を思い付いたように「そうだ」とつぶやいた。

 その口調から、先程までの仄暗ほのぐらい雰囲気が払拭ふっしょくされていることにホッとしながらすぐ横に立つ倍相ばいしょうさんの顔を見上げたら、今までは暗くてよく分からなかったけれど、彼は結構な美形だった。

(わぁー。たいくんとは違う系統のイケメンさんだ)

 きっと、さぞやモテるんだろうな? と思ってから、杏子あんずはまたしても自分が下世話なことを思っていることを即座に反省した。
 邪念を振り払うようにふるふると首を振ったら、クスッと笑われて。

「ここのベンチにちょっと座って待っていてくれる? すぐ戻ってくるから」

 言って、杏子をコンビニそとへ置かれたベンチに座らせると、倍相ばいしょうさんはこちらの返事も待たずに小走りでコンビニの中へ入って行ってしまう。

「あ、あのっ」

 呼び掛けたけれど間に合わなくて、杏子は仕方なくその場で待機する。
 手持無沙汰にあかせて、先ほど倍相ばいしょうさんに貰った名刺――さっきは名前のところしか見ていなかった――に改めて視線を落とした杏子は息を呑んだ。

土恵つちけい商事って……」

 確か土井さんが経営している会社の名前だ。お見合いする気で父親から聞かされた話だと、たいくんは伯父さんの会社で何やら部長さまをやっているという話だった。
 倍相ばいしょうさんは財務経理課長のようだけれど、もしかしたらたいくんと知り合いだろうか?

 そんなことを思いながら名刺を握りしめていたら、店内から出てきた倍相ばいしょうさんが、目の前に立っていた。

「僕の勤め先、知ってるの?」

 思わずつぶやいた言葉を聞かれてしまっていたらしい。
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