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30.失恋のその先
居た堪れない
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幼い頃の初恋は、憧れのまま。それが恋なのだと認識しないままに終わっていた。
環境が変わって相手の姿を見ないうちに何となく、その男の子の存在自体が自分の中から消失していくような、そんなちっぽけな好意の裏返しみたいな淡い恋心だったのだ。
ちょうだい? とねだれば、美味しいものを分けてくれるから好き。
好きって言ってまとわりついても、あからさまに跳ね除けたりしないから嬉しい!
お姫様に変身させてもらった自分の横にいてくれた唯一の男の子。綺麗な顔立ちの彼のそばにいたら、自分はずっとお姫様のままでいられる気がしたから。だから懸命に好きだと言ってしがみついた。
そんな幼稚な気持ち、初恋と呼ぶのも烏滸がましいかも知れない。
でも――。
ついさっき終わりを告げたそれは、こんなにも杏子の心を深くえぐって大きな傷跡を残している。
だからきっと、これはれっきとした〝好き〟で、幼い頃の〝アレ〟とは違うものだ。
「アンちゃん」
いつの間に、そばまで来ていたんだろう?
気遣わし気に名前を呼ばれて、杏子は呆然自失のまま声の主を瞳に映した。
「……柚子……お姉……ちゃん?」
ぼんやりとしたまま尋ねれば、記憶の中よりうんと背が高くなって、グラマーになった柚子お姉ちゃんが、「うん、柚子だよ」とうなずきながらギュッと抱き締めてくれた。
「大葉のお見合い相手、杏子ちゃんだったの?」
柚子に抱きしめられたままでいたら、横合いからたいくんによく似た顔立ちをした女性――屋久蓑果恵――が声を掛けてきて、杏子は『ああ、私、この人の息子さんにフラれたんだ』とぼんやりとした頭で理解した。途端ポロリとこぼれ落ちた涙が堰を切って、止められなくなってしまう。
「ごめんなさいね、杏子ちゃん。きっとうちのバカな兄が……杏子ちゃんが期待しちゃうようなことを言ったのね?」
大葉との会話を聞いていたわけではないだろうに、果恵がどこか核心めいた声音でつぶやいて……。「懲らしめてやらなきゃ」と吐息を落とした。
大葉の身内であるはずの二人からそんな風に気遣われたら、杏子はますますどうしていいか分からなくなる。
何て言うかすごくすごく居た堪れない。
杏子は柚子の腕を振り解いてぺこりと頭を下げると、一目散に駆け出した。
背後から追いすがるように「アンちゃん!」とか「杏子ちゃん!」とか、柚子と果恵の声が聴こえてきたけれど、杏子は振り返ることが出来なかった。
***
環境が変わって相手の姿を見ないうちに何となく、その男の子の存在自体が自分の中から消失していくような、そんなちっぽけな好意の裏返しみたいな淡い恋心だったのだ。
ちょうだい? とねだれば、美味しいものを分けてくれるから好き。
好きって言ってまとわりついても、あからさまに跳ね除けたりしないから嬉しい!
お姫様に変身させてもらった自分の横にいてくれた唯一の男の子。綺麗な顔立ちの彼のそばにいたら、自分はずっとお姫様のままでいられる気がしたから。だから懸命に好きだと言ってしがみついた。
そんな幼稚な気持ち、初恋と呼ぶのも烏滸がましいかも知れない。
でも――。
ついさっき終わりを告げたそれは、こんなにも杏子の心を深くえぐって大きな傷跡を残している。
だからきっと、これはれっきとした〝好き〟で、幼い頃の〝アレ〟とは違うものだ。
「アンちゃん」
いつの間に、そばまで来ていたんだろう?
気遣わし気に名前を呼ばれて、杏子は呆然自失のまま声の主を瞳に映した。
「……柚子……お姉……ちゃん?」
ぼんやりとしたまま尋ねれば、記憶の中よりうんと背が高くなって、グラマーになった柚子お姉ちゃんが、「うん、柚子だよ」とうなずきながらギュッと抱き締めてくれた。
「大葉のお見合い相手、杏子ちゃんだったの?」
柚子に抱きしめられたままでいたら、横合いからたいくんによく似た顔立ちをした女性――屋久蓑果恵――が声を掛けてきて、杏子は『ああ、私、この人の息子さんにフラれたんだ』とぼんやりとした頭で理解した。途端ポロリとこぼれ落ちた涙が堰を切って、止められなくなってしまう。
「ごめんなさいね、杏子ちゃん。きっとうちのバカな兄が……杏子ちゃんが期待しちゃうようなことを言ったのね?」
大葉との会話を聞いていたわけではないだろうに、果恵がどこか核心めいた声音でつぶやいて……。「懲らしめてやらなきゃ」と吐息を落とした。
大葉の身内であるはずの二人からそんな風に気遣われたら、杏子はますますどうしていいか分からなくなる。
何て言うかすごくすごく居た堪れない。
杏子は柚子の腕を振り解いてぺこりと頭を下げると、一目散に駆け出した。
背後から追いすがるように「アンちゃん!」とか「杏子ちゃん!」とか、柚子と果恵の声が聴こえてきたけれど、杏子は振り返ることが出来なかった。
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