上 下
198 / 233
29.心配しなくていいと伝えたいだけなのに

もう、イヤ

しおりを挟む
 そうしながら、目の前の女性を気遣うように言葉を選んで話している様子の大葉たいように、羽理うりは胸が張り裂けそうにチクチクと痛んだ。

(ねぇ大葉たいよう。最初からお見合い相手が彼女だって知っていたらどうしていたの? ――もしかして、断らなかった……?)

 その忖度そんたく大葉たいようの優しさなのだと理解は出来るけれど、そんな不安にさいなまれるあまり、羽理はいっそのこと『放せ』と冷たく言い放って、彼女のことを突き飛ばして欲しいと思ってしまった。

(ヤダ。……私、すごくイヤな女になってる……)

 自分にするみたいに、大葉たいようが彼女の背中へ腕を回していなかったことは一目瞭然で……。それだけでも自分の方が〝杏子あんず〟さんとやらより大葉たいようから優遇されているのは明確なのに。それでもこんなに不安になって、杏子さんが大葉たいようから傷つけられるのを望んでしまっている。

 ――こんなの、人として最低じゃない!

 ズキズキと痛みを訴えてくる胸のところをギュウッと掴みながら、羽理は大葉たいよう起因のこの胸の痛みや動悸のことを、心臓の病気だと思っていた頃を懐かしく思う。
 あの頃ならばきっと、こんなシーンを見せられてもここまで辛くならなかったはずだ。

「もう、イヤ……」

 ポロリと涙をこぼしてそうつぶやいたと同時。
 大葉たいようが「けどごめん。伯父さんが期待させるようなこと言って悪かったとは思うけど……俺にはもう心に決めた女性ひとがいるんだ。……だから、キミとはどうこうなれない」と杏子あんずをハッキリと拒絶して……。キュウリが少し離れたところへ立ち尽くしたままの羽理に気付いて、尻尾を振りながら駆け寄ってきた。


***


 今の今まで足元でキャンキャン吠えていた愛犬キュウリが、ふと何かに気付いたようにぴたりと吠えるのをやめて駆け出したことに、大葉たいようは思わず意識をそちらに囚われて。
 見るとはなしにキュウリの動作を追って背後に視線を向けて、三メートルばかり離れたところに羽理うりが立っているのに気が付いた。

「羽理……!」

 大葉たいようより一足早く羽理の足元へたどり着いたキュウリが、嬉しそうに彼女の足元で尻尾をブンブン振りながら、撫でられ待ちをするみたいにお座りをして羽理を見上げている。

 杏子あんずへの塩対応が嘘みたいに羽理へ甘える愛娘の態度に、大葉たいようはキュウリも自分のパートナーとして羽理を認めてくれているような気がして何だか嬉しくなった。

 思い返してみれば、キュウリは初めましての時から羽理には吠え付かなかったな? と、今更のように気付かされる。

 実家ここへ来るまでの道すがら、散々アレコレ思い悩んでいたくせに、羽理と彼女に懐く愛犬の姿を見た途端全てどうでもよくなって……。ただただ羽理を腕の中へ抱き締めたい! と思った。

 大葉たいようがその衝動に突き動かされるみたいに一歩足を踏み出したら、「ヤダ! たいくん、行かないで!」と杏子に右腕全体を抱き締めるみたいに掴まれて――。

 それを見た羽理が、居た堪れないみたいに眉根を寄せて、フイッと大葉たいようから視線を逸らした。

 そればかりか、クルリと向きを変えて大葉たいようから逃げたいみたいに歩き始めてしまうから。
「――っ!」
 大葉たいようは羽理以外のことなんてどうでもいいと思ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋に焦がれて鳴く蝉よりも

橘 弥久莉
恋愛
大手外食企業で平凡なOL生活を送っていた蛍里は、ある日、自分のデスクの上に一冊の本が置いてあるのを見つける。持ち主不明のその本を手に取ってパラパラとめくってみれば、タイトルや出版年月などが印刷されているページの端に、「https」から始まるホームページのアドレスが鉛筆で記入されていた。蛍里は興味本位でその本を自宅へ持ち帰り、自室のパソコンでアドレスを入力する。すると、検索ボタンを押して出てきたサイトは「詩乃守人」という作者が管理する小説サイトだった。読書が唯一の趣味といえる蛍里は、一つ目の作品を読み終えた瞬間に、詩乃守人のファンになってしまう。今まで感想というものを作者に送ったことはなかったが、気が付いた時にはサイトのトップメニューにある「御感想はこちらへ」のボタンを押していた。数日後、管理人である詩乃守人から返事が届く。物語の文章と違わず、繊細な言葉づかいで返事を送ってくれる詩乃守人に蛍里は惹かれ始める。時を同じくして、平穏だったOL生活にも変化が起こり始め………恋に恋する文学少女が織りなす、純愛ラブストーリー。 ※表紙画像は、フリー画像サイト、pixabayから選んだものを使用しています。 ※この物語はフィクションです。

復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以
恋愛
 2年間付き合った婚約者・直《なお》に裏切られた梓《あずさ》。  直と、直の浮気相手で梓の部下でもあるきらりと向き合う梓は、寄り添う2人に妊娠の可能性を匂わせる。  居合わせた上司の皇丞《おうすけ》に、梓は「直を愛していた」と涙する。 「俺を使って復讐してやればいい」  梓を慰め、庇い、甘やかす皇丞の好意に揺れる梓は裏切られた怒りや悲しみからその手を取ってしまう。 「あの2人が羨むほど幸せになりたい――――」

[完結連載]地味OLの一夜の過ち〜25歳のOLは、主任に溺愛される〜

小豆このか@女性向け連載・20時投稿中
恋愛
事務のパート社員として働いていた25歳、実田朋子は、冷徹で厳しい上司、30歳の、咬射秋斗が、苦手で堪らなかった。咬射は、仕事に対しては厳しいし、おまけに自分をパート社員と言ってくるからだ。しかし、彼はたまに気さくさを見せる所があり、朋子は正直彼の事が気になっていた。 すると、パート社員だけれど、呼ばれた忘年会で隣になってしまった、 咬射秋斗に、酒のせいで倒れた朋子が、介抱される事になり、朋子の家がわからなかった咬射の家に泊まることになる。 しかし、朝、目覚めると、全裸の朋子と、肌けたシャツの咬射が、同じベットで寝ていたのだった。 やったのか、やってないのか、お互い分かっておらず、二人は奇妙な関係を築く事になるが、段々と二人は意識し始めて...。 軽い性描写があるので注意。  カクヨム、エブリスタにも置いてます。 エブリスタ↓ https://estar.jp/novels/26262331

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

あの夜をもう一度~不器用なイケメンの重すぎる拗らせ愛~

sae
恋愛
イケメン、高学歴、愛想も良くてモテ人生まっしぐらに見える高宮駿(たかみやしゅん)は、過去のトラウマからろくな恋愛をしていない拗らせた男である。酔った勢いで同じ会社の美山燈子(みやまとうこ)と一夜の関係を持ってまう。普段なら絶対にしないような失態に動揺する高宮、一方燈子はひどく冷静に事態を受け止め自分とのことは忘れてくれと懇願してくる。それを無視できない高宮だが燈子との心の距離は開いていく一方で……。 ☆双方向の視点で物語は進みます。 ☆こちらは自作「ゆびさきから恋をする~」のスピンオフ作品になります。この作品からでも読めますが、出てくるキャラを知ってもらえているとより楽しめるかもです。もし良ければそちらも覗いてもらえたら嬉しいです。 ⭐︎本編完結 ⭐︎続編連載開始(R6.8.23〜)、燈子過去編→高宮家族編と続きます!お付き合いよろしくお願いします!!

【完結】【R18】崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜

鷹槻れん
恋愛
28歳の誕生日。 折よく週末と誕生日が重なったその日。 付き合って5年の彼氏・横野 博視(よこの ひろし)から高級ホテルへ呼び出された玉木 天莉(たまき あまり)は、「もしかしてプロポーズ?」と期待したのだけれど。 告げられた言葉は「好きな子が出来た。悪いけど別れて欲しい」と言うものだった――。 翌週、傷心の天莉は、フラフラになりながらも何とか仕事をこなしたのだけれど倒れてしまい。 そんな天莉を介抱してくれたのは、常務の高嶺 尽(たかみね じん)だった。 「キミをないがしろにした奴らなんて、俺と一緒になって見返してやればいい」 利害の一致による交際を申し込まれた崖っぷちアラサー女子の、形勢逆転ラブストーリー♥ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。今回はピーナッツ姫(うちの娘)の抽象画を背景に使用して頂きました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 --------------------- 執筆期間:2023/02/02-

不誠実なカラダ 【R18】

日下奈緒
恋愛
心が満たされない時は なぜか 体を満たしたくなる  バーテンダー・宮島尚太に失恋した環奈は、心の穴を埋めようと、部長の高藤信明に、セフレの依頼をする。高藤も心が満たされていないままで、その申し入れを受けるのだが…

処理中です...