上 下
194 / 301
29.心配しなくていいと伝えたいだけなのに

お見合い回避のための嘘だったのに

しおりを挟む
「私、小さい頃からずっとずっとたいくんが好きなの! 彼以外とは結婚したくない!」

 そんなワガママを言ったところで自分は一介のサラリーマンの娘。

 対して初恋相手のたいくん――こと屋久蓑やくみの大葉たいようは大きなお屋敷の跡取り息子で、母方は農業を営む大地主。父方も地元では名の知れた名士のお家柄というサラブレッド。加えて母方の伯父さまが経営しているという商社は、今や全国展開にまで成長した大きな会社ときている。

 一般家庭育ちで父子家庭の杏子あんずが、そんな大葉たいようのお嫁さん候補になれる可能性はゼロに近いはずだった。

 そもそも自分が大葉たいようと接点があったのは、杏子が二歳、大葉たいようが八歳の頃からのほんの数年間と言う束の間だけ。

 大葉たいようの母方の伯父――土井恵介の自宅近所に住んでいたよしみ。母親を亡くしたばかりで父子家庭になってしまった杏子を、独身のくせに子煩悩だった恵介が自分のめいおいと一緒に面倒を見てくれていたことが接点に過ぎない。

 当時、屋久蓑家やくみのけのお姉さん二人には物凄く可愛がられた記憶がある。

 杏子ではとても手に入れられないようなハイブランドの可愛いお洋服を沢山着せてもらえたし、王子様みたいにかっこいい大葉たいようと並べられて、お姫様扱いをしてもらえたのが凄く凄く嬉しかった。

 杏子が、母親が亡くなっても明るく笑っていられる女の子でいられたのはきっと、屋久蓑やくみの三姉妹弟さんきょうだいのおかげなのだ。

 そんなお姉さんたち二人は、どちらも早くによそのお宅へとつがれたと風の噂に聞いた。
 となると、やはり大葉たいよう屋久蓑家やくみのけを継ぐんだろう。

 きっと、杏子なんて相手にされないに違いない。

 そう思っていたのだけれど――。


***


杏子あんず、この前たまたま家の前で土井さんにバッタリお会いしてな。お前の話をして大葉たいようくんのお相手にどうかと話したら『アンちゃんなら』って言ってくださってなぁ。見合い話、大葉たいようくんに勧めてみてくれるって約束して下さったぞ!? あ、今更だろうがこれ、今の大葉たいようくんの写真な?」

 ご丁寧に、杏子の釣書はすでに土井恵介に渡してあるらしい。

 いつの間に釣書そんなものを!? と思った杏子だったけれど、父はあれだけ再三に渡って見合い話を勧めてきていたのだ。釣書のひとつやふたつ、とっくの昔に準備してあっても不思議ではないと吐息を落とした。

 『たいくんが好き! 彼以外とは結婚したくない!』だなんて、埃が降り積もるぐらいの遠い過去――幼い頃に持ち合わせていた恋心を盾に、見合い話を回避しようと画策かくさくした杏子だったけれど、どうやら天は自分の味方をしてくれないらしい。

 第一、実際のところ長じてからの〝大葉たいくん〟のことを杏子は知らないのだ。
 小さい頃とびきりの美形だったからといって、大人になってもそれを維持したままとは限らないではないか。

(禿げてたり太ってたりしてたら嫌だなぁ)

 ――美しい思い出はできればけがしたくない。

 後にも先にも大葉たいようのように整った顔立ちをした男の子を、杏子は見たことがなかったから。その美しい記憶を、下手なデータで上書きしたくないな? と思ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...