上 下
172 / 233
26.岳斗の告白

羽理に託した願い

しおりを挟む
 そこでグッとこぶしを握り締めて、何かを決意したようにじっと倍相ばいしょうから見詰められた大葉たいようは、我知らず息を詰めた。

「ですが――もし……もしも……こんな僕のことを少しでも信じてやってもいいと思って頂けたなら……。僕は全力で今まで大葉たいようさんにしてきたことのつぐないをしたいと思っています。僕が手塩にかけて育ててきた荒木あらき羽理うりさんが幸せになれるお手伝いを……僕にもさせて欲しいんです。……ダメ、でしょうか……?」

 手塩にかけてきた、というのは羽理のことを気に入っていたという言葉の変換ではないだろうか?

「なぁ、倍相ばいしょう。お前、まだ羽理のこと――」

 そんなことを思ってしまった大葉たいようは、本来ならば前半部分へ先に答えてやらねばならないと頭では理解しているのに、つい愛する羽理のことを先に聞いてしまったのだけれど。

「……? ああ、安心してください。荒木さんのことは可愛い部下だと思っていますが、本当にそれだけです。……実は先日、彼女の家で大葉たいようさんから思いっきり牽制けんせいされた時にものが落ちたみたいにストンと気持ちの整理がつきました。何て言うんでしょう? 僕が荒木さんに執着していたのはきっと……彼女が母子家庭だったからだなって思ったんです」

 倍相ばいしょうは、羽理の見た目が好みだったのもあって、元々羽理にはちょっぴり肩入れしていたのだが、上司としてそんな彼女と接する中で、羽理が自分と同じように片親家庭で育ってきたことを知ってからはその想いが加速した。

 自分が母と過ごしてきた……貧しかったけれど幸せだった幼少時代を羽理に重ねて、自分がもしも母親と引き離されずにあのまま過ごせていたならば、自分も彼女のように屈託なく笑える人間になれていたのだろうか?と思ったらつい目で追うようになっていたらしい。

「今になってみれば、あれが恋心じゃなかったのは明白です。大葉たいようさんに対する執着とは違う意味で、僕はきっと、荒木あらきさんに固執していたんだと思います」

 だから二人のことは何の確執もなく応援できると言い切った倍相ばいしょうが、ふと吐息を落として……「あ、けど……何の執心こだわりもなく、と言うのは嘘かも知れません」とつぶやいた。

「えっ?」

 まだ何かあるのだろうかと大葉たいようが構えそうになったのを見て、倍相ばいしょうが淡く笑って顔の前で手を振ってみせる。

「ああ、変な意味じゃないです。――荒木さんには……僕とは違って絶対幸せになってもらわなくちゃ困るなって……。母子家庭でも幸せになれるんだって思いたい僕の願望をまだ背負わせちゃってるなって……そう思っただけです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

騙されて異世界へ

だんご
ファンタジー
日帰りツアーに参加したのだが、気付けばツアー客がいない。 焦りながら、来た道を戻り始めるが、どんどん森が深くなり…… 出会った蛾?に騙されて、いつの間にか異世界まで連れられ、放り出され…… またしても、どこかの森に迷い込んでしまった。 どうすれば帰れるのか試行錯誤をするが、どんどん深みにハマり……生きて帰れるのだろうか?

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

転移したら獣人たちに溺愛されました。

なの
BL
本編第一章完結、第二章へと物語は突入いたします。これからも応援よろしくお願いいたします。 気がついたら僕は知らない場所にいた。 両親を亡くし、引き取られた家では虐められていた1人の少年ノアが転移させられたのは、もふもふの耳としっぽがある人型獣人の世界。 この世界は毎日が楽しかった。うさぎ族のお友達もできた。狼獣人の王子様は僕よりも大きくて抱きしめてくれる大きな手はとっても温かくて幸せだ。 可哀想な境遇だったノアがカイルの運命の子として転移され、その仲間たちと溺愛するカイルの甘々ぶりの物語。 知り合った当初は7歳のノアと24歳のカイルの17歳差カップルです。 年齢的なこともあるので、当分R18はない予定です。 初めて書いた異世界の世界です。ノロノロ更新ですが楽しんで読んでいただけるように頑張ります。みなさま応援よろしくお願いいたします。 表紙は@Urenattoさんが描いてくれました。

皇子様、もう一度あなたを好きになっても良いですか?~ループを繰り返す嫌われ皇太子妃の二度目の初恋~

せい
恋愛
皇太子であるアドリアン・アルフォールと王命により結婚をした主人公のイヴェット・コルベール。 初恋の相手である彼と結婚ができて幸せになれると思ったが、彼には既に心に決めた女性がいた。 その女性は、彼の補佐官であり、幼馴染でいつもアドリアンの傍にいる。 イヴェットは辛い日々を送っていたが、我慢した。いつの日かその瞳が自分へと向けてほしいという事を願いながら。 しかし、その願いは叶う事はなかった。結婚して二年が経ったある日、イヴェットは何者かの手によってあっさりと殺されてしまったからだ。 死んだと思ったのも束の間、なぜか結婚式当日に時が巻き戻っていた。最初は混乱したイヴェットだったが、これは神様がくれたチャンスだと思い、今度こそ間違えないと奮闘するも、またもや結婚して二年後に命を落とす。 何度頑張っても二年後に殺されるイヴェットは六回目にとうとう限界がきて、アドリアンへ全てを打ち明けたが裏切られてしまい、イヴェットの心は完全に壊れてしまう。 全て他人に命を奪われてきたイヴェット七回目の人生は自分の手で終わらせたいと思い、自殺を図る。 幸いにも怪我だけで済んだイヴェットだったがなんと彼女は6歳以降の記憶を失くしていた。 辛かった日々の記憶を忘れているイヴェットはまたしてもアドリアンの事を好きになってしまうのだった。 ※小説家になろう様にも投稿しております。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。

山法師
ファンタジー
 ウェスカンタナ大陸にある大国の一つ、グロサルト皇国。その国の東の国境の山に、アルニカという少女が住んでいた。ベンディゲイドブランという老人と二人で暮らしていたアルニカのもとに、突然、この国の第一皇子、フィリベルト・グロサルトがやって来る。  彼は、こう言った。 「ベンディゲイドブラン殿、あなたのお弟子さんに、私の専属魔法使いになっていただきたいのですが」

処理中です...