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25.持つ者と持たざる者

仄暗い誓いを胸に

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***


 それからわずか三ヶ月後。
 母親は態度を一変させて、岳斗がくと花京院家かきょういんけの養子になるよう説得してきた。

 ――お母さんね、気が付いたの。岳斗がくとがいたらお母さん、幸せになれない。

 涙ながらにそう言われたあの時は、母親から捨てられたと思って母を恨んだ岳斗だったのだけれど――。

 花京院家かきょういんけの子になって一年ちょっと後、母が癌で亡くなったと風の噂で聞いた岳斗は、あれがお母さんからの精一杯の愛情だったのだと思い知らされた。

 きっと岳斗にあの言葉を発した時、母は自分の余命がそんなに長くないと知っていたんだろう。

 まだ一人で生きていくには幼すぎた息子を、母は泣く泣く父親である花京院かきょういん岳史たかふみに託したのだ。

 どんなに貧しい暮らしをしていても、一度も岳斗むすこをだしに花京院かきょういん岳史たかふみを頼らなかった母が、最期にそこを頼らざるを得なかったのは、どんなに心苦しかっただろうか。

 そう思った岳斗だったけれど、今更それを知ったからと言って、自分に独り立ちするだけの生活力がないのもまた事実だったから。

 岳斗は聞き分けのいい跡取り息子を演じながら、夫のいないところで自分を周りには気付かれないような陰険な方法で虐めてくる継母ままはは花京院かきょういん麻由まゆの嫌がらせにも耐え続けた。

 岳斗の背中や上腕、それから臀部でんぶや太もも付近には今でも無数の小さなあざが残っている。

 それらはすべて麻由にやられた傷跡だが、岳斗はそれを岳史オトウサンには決して見せなかった。

 これ以上父親の威光に縋るのはごめんだったし、それを知られることで表面上は良い義母オカアサンを演じている麻由が、その実ポッと出の岳斗ムスコのことを認めてはいないのだと岳史オトウサンに知らせてやるのがしゃくだと思ったのだ。

(せいぜい嫌々ながらも自分の隠し子の母親役を演じる愚かな女を妻にめとったと騙されていればいい)

 麻由あのオンナの嫌らしさは、岳斗だけが知っていればいいことだ。

 いずれ力を付けて……これならば跡取り息子として遜色ないと思わせた時点で、花京院家かきょういんけを裏切ってやろう。

 そう心に誓って、岳斗は大学を出るまでの十年近い年月を耐え忍んだのだった。

***


 大学を卒業したのを機に、当然自社を継ぐものだと思っていたらしい花京院岳史オトウサンを裏切って、岳斗がくとは独断で土恵つちけい商事に入社した。

 真澄ははおやが亡くなったと知ってからは一度も歯向かう素振りなんて見せなかった岳斗に、花京院かきょういん岳史たかふみはすっかり油断していたに違いない。

 岳斗が土恵ここの入社試験を受けたことも知らなければ、自分が施した英才教育の賜物たまもので、すんなりと他社の内定を勝ち取ったことにも気付かなかった。

 まさか飼い馴らしたはずの我が子が、大企業へ労せずして入れる立場に居ながら、就職活動をしているだなんて思いもしなかったんだろう。

 岳斗が花京院かきょういんを裏切るステージとして土恵つちけいを選んだことに深い意味はない。

 あるとすればそう。
 すべての連絡がネットを介して行われると言うのが岳斗にとって都合が良かったのだ。
 郵送で書類なんて送られてきたら、裏切る前に計画がバレてしまう。

 幸いにして認知はされて戸籍の欄にその旨が記載されたものの、義母・麻由まゆからの抵抗が激しく氏名変更の手続きは行われないままだった岳斗がくとだ。
 花京院家かきょういんけの跡取りとして岳斗を引き取った岳史たかふみとしては不服だっただろうが、麻由の親元が自社の大株主だったことに加え、結婚前の不祥事とは言え隠し子発覚と言う負い目もあって、強くは出られなかったらしい。

 だが腹黒い男のことだ。優先順位をつけ、岳斗を家で養うことを了承させる代わりにそこは妥協したんだろう。
 氏名変更については追々何とかすればいいと考えていたのかも知れない。

 とにかく麻由のお陰で、岳斗は土恵つちけい商事にも母が自分に与えてくれた名前――倍相ばいしょう岳斗がくとのまま入社することが出来たのだった。
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