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23.スーツを着た理由
行ってらっしゃい
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「こら、柚子! 羽理が痛がってる! それにっ、そんな抱き方したらウリちゃんも落ちちまうだろ!」
両手に花状態な姉へ、大葉がすぐさま抗議したのだけれど。
「あー、ホントうるさい子ね! 貴方だってさっき羽理ちゃんに同じことして痛がらせてたでしょう! ……けど残念でしたー! もう羽理ちゃんはこの体勢にも慣れて痛くなくなったみたいでーす。それに……キュウリちゃんも私がガッチリホールドしてるから落っこちたりしませんよーだっ!」
ニヒヒッと意地悪く笑って、二人を抱く腕にさらにギュウッと力を込める柚子に、大葉はグッと言葉に詰まったのだけれど。
「あ、あのっ。柚子さんっ、私……」
柚子の腕の中の羽理が、恐る恐ると言った調子で自分を拘束する柚子に声を掛けた。
だが、「ちょっぴり痛いです」と続ける前に、柚子に畳み掛けられてしまう。
「やだぁ、羽理ちゃーん。柚子さんだなんて他人行儀なー! お願いだから柚子お義姉さまって呼んで?」
「えっ?」
「だって羽理ちゃん、うちへお嫁さんに来てくれるんでしょう?」
「当たり前だ! 昨夜プロポーズして、ちゃんと受けてもらえたんだからな!?」
「うそ! 告白すっ飛ばしてプロポーズとか……ホントなの、羽理ちゃん!?」
大葉が懸命に羽理を手元に取り戻そうとするのを、羽理とキュウリを抱いたままキッと睨んで目力だけで牽制しつつ。
柚子がその合間で羽理に問い掛けた。
途端羽理がブワッと頬を赤くして、口に出さずともそうなのだと肯定してしまうから。間近でそれを見ていた大葉も、つられて恥ずかしくなってしまった。
「もぉ、二人とも最高! たいちゃん。可愛い義妹ちゃんのことは私にドォーン!と任せて。貴方はしっかりお仕事頑張って来なさい! ――ほら、羽理ちゃんもたいちゃんに行ってらっしゃい言ってあげて?」
「……い、行ってらっしゃい、大葉」
「お、おう。――行って……来る」
そんなこんなで、大葉は半ば強制的に家から追い出されてしまったのだった。
***
会社に着いた大葉は、建物を見上げて気持ちを引き締めるようにギュッとネクタイを締め直した。
いつもより一時間ばかり遅れての出社だ。
朝一で出張などがあれば別だが、全くの私用で遅刻することはほとんどなかったので、何となく緊張してしまう。
だが、それを他者に気取らせるわけにはいかない。
自分はここ――土恵商事では、一応役付きなのだ。総務部長としての威厳というものはある程度必要だろう。
「おはよう」
「おはようございます、屋久蓑部長」
遅刻してきたことなんて何でもないことのように、受付女性にいつも通りの義務的な挨拶をして、ついでのように「社長は在社かな?」と問い掛ける。
「はい」
「分かった。有難う」
大葉がふっと表情を緩めて礼を述べた途端、受付嬢が驚いたように瞳を見開いた。今までの屋久蓑部長ならば、「分かった」のみだったはずのところに、期せずして「有難う」と付け加えられたことに驚いたのだ。
大葉は自分の変化にも受付嬢の驚きにも気付かないまま、くるりと踵を返すとエレベーターホールへと向かう。
両手に花状態な姉へ、大葉がすぐさま抗議したのだけれど。
「あー、ホントうるさい子ね! 貴方だってさっき羽理ちゃんに同じことして痛がらせてたでしょう! ……けど残念でしたー! もう羽理ちゃんはこの体勢にも慣れて痛くなくなったみたいでーす。それに……キュウリちゃんも私がガッチリホールドしてるから落っこちたりしませんよーだっ!」
ニヒヒッと意地悪く笑って、二人を抱く腕にさらにギュウッと力を込める柚子に、大葉はグッと言葉に詰まったのだけれど。
「あ、あのっ。柚子さんっ、私……」
柚子の腕の中の羽理が、恐る恐ると言った調子で自分を拘束する柚子に声を掛けた。
だが、「ちょっぴり痛いです」と続ける前に、柚子に畳み掛けられてしまう。
「やだぁ、羽理ちゃーん。柚子さんだなんて他人行儀なー! お願いだから柚子お義姉さまって呼んで?」
「えっ?」
「だって羽理ちゃん、うちへお嫁さんに来てくれるんでしょう?」
「当たり前だ! 昨夜プロポーズして、ちゃんと受けてもらえたんだからな!?」
「うそ! 告白すっ飛ばしてプロポーズとか……ホントなの、羽理ちゃん!?」
大葉が懸命に羽理を手元に取り戻そうとするのを、羽理とキュウリを抱いたままキッと睨んで目力だけで牽制しつつ。
柚子がその合間で羽理に問い掛けた。
途端羽理がブワッと頬を赤くして、口に出さずともそうなのだと肯定してしまうから。間近でそれを見ていた大葉も、つられて恥ずかしくなってしまった。
「もぉ、二人とも最高! たいちゃん。可愛い義妹ちゃんのことは私にドォーン!と任せて。貴方はしっかりお仕事頑張って来なさい! ――ほら、羽理ちゃんもたいちゃんに行ってらっしゃい言ってあげて?」
「……い、行ってらっしゃい、大葉」
「お、おう。――行って……来る」
そんなこんなで、大葉は半ば強制的に家から追い出されてしまったのだった。
***
会社に着いた大葉は、建物を見上げて気持ちを引き締めるようにギュッとネクタイを締め直した。
いつもより一時間ばかり遅れての出社だ。
朝一で出張などがあれば別だが、全くの私用で遅刻することはほとんどなかったので、何となく緊張してしまう。
だが、それを他者に気取らせるわけにはいかない。
自分はここ――土恵商事では、一応役付きなのだ。総務部長としての威厳というものはある程度必要だろう。
「おはよう」
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遅刻してきたことなんて何でもないことのように、受付女性にいつも通りの義務的な挨拶をして、ついでのように「社長は在社かな?」と問い掛ける。
「はい」
「分かった。有難う」
大葉がふっと表情を緩めて礼を述べた途端、受付嬢が驚いたように瞳を見開いた。今までの屋久蓑部長ならば、「分かった」のみだったはずのところに、期せずして「有難う」と付け加えられたことに驚いたのだ。
大葉は自分の変化にも受付嬢の驚きにも気付かないまま、くるりと踵を返すとエレベーターホールへと向かう。
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