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10.夕方は予定をあけておくように!
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普段なら少々残業になってもお構いなしの大葉が、今日に限ってこんな風にソワソワしているのは他でもない。
就業時間後に、やっと想いを打ち明けた相手――荒木羽理と、買い物の約束をしているからだ。
(ヤバイ。定時を五分も過ぎてるじゃねぇかっ!)
――荒木が待ちくたびれて帰っちまったらどうしてくれるんだ!だなんて、頭の中でプンスカしている大葉だったけれど、きっと羽理がそれを聞いたら『いやいやいや! 五分やそこらで帰っちゃうとか……私、部長の中でどんだけ短気な設定なんですか!』と抗議していた事だろう。
暑い最中、成り行きでトマトの出荷作業を手伝ってしまった大葉は、全身に汗をかいていた。おまけに、何なら手指にはトマトの葉茎からする独特な青臭い臭気まで沁みついてしまっている。
(こんなことなら今日はアクアポニックスの視察にすべきだったな!)
ちょっと前から土恵商事が新規事業として参入したアクアポニックスは、「水産養殖」と「水耕栽培」を合わせた造語で、魚の飼育と植物の水耕栽培を同時に行うシステムのことだ。
それこそ開発部の領分だが、大葉の所属する総務部だって社内で何の事業が進行中なのかくらい知っておくことは必要だ。
開発部長の話によると、提携先の第一プラント内ではエビの養殖とワサビの水耕栽培が進行中らしい。
きっとそちらへ行けば、こんなに汗だくになることもなかったはずだ。
(ま、現実逃避だがな)
実際問題、時間的ゆとりがないのは今日出向いた先とコラボ予定のイベントの方だ。
アクアポニックス視察は、急いで行かなくても別に問題はないので、夢想するだけ無駄なのは大葉にも分かっていた。
***
土恵商事はその会社の特性から、ビル内にシャワールームを完備している。
社員らは皆、大抵作業して帰った後はシャワーで汚れを落として着替えることにしている者が多い。
大葉ももちろんそうだ。
羽理の前でくさいのは有り得ないと思うのと同時に、だがこれ以上遅くなるのは良くないんじゃないか?という思いが交錯して。
『迷ってるくらいなら、ちょっと遅くなるってメールしたらいいじゃないですか。時間がもったいないですよ?』
脳内でミニ羽理がそうささやいてくるのだけれど、いざスマートフォンを持ち上げて羽理の連絡先を呼び出したら、妙に緊張して手指が震えてしまう大葉だ。
(お、俺はいつからこんなヘタレになったんだ!)
そう自問自答したら、すぐさま『ずっとですよ?』とミニ羽理が律儀に答えてくれる。
(いや、そういうの、要らねぇから!)
と脳内で色々ミニ羽理に言い訳をしていたら、手に持ったままのスマートフォンがブブッと震えて驚いてしまう。
通知に誘われてメッセージアプリを開いてみれば、送信者には〝猫娘〟と表示されていて、『屋久蓑部長、まだ出張先ですよね? 夕方の待ち合わせ、どうしましょう? 後日にしますか?』と書かれていた。
(あ。登録者名……)
さすがに恋人になったのにこのままではよろしくないと思った大葉だったけれど、まさか自分が羽理の携帯の中で、未だ〝裸男〟のままになっているとは思ってもいないだろう。
そうして、もちろん、今最優先すべきはそこじゃない。
就業時間後に、やっと想いを打ち明けた相手――荒木羽理と、買い物の約束をしているからだ。
(ヤバイ。定時を五分も過ぎてるじゃねぇかっ!)
――荒木が待ちくたびれて帰っちまったらどうしてくれるんだ!だなんて、頭の中でプンスカしている大葉だったけれど、きっと羽理がそれを聞いたら『いやいやいや! 五分やそこらで帰っちゃうとか……私、部長の中でどんだけ短気な設定なんですか!』と抗議していた事だろう。
暑い最中、成り行きでトマトの出荷作業を手伝ってしまった大葉は、全身に汗をかいていた。おまけに、何なら手指にはトマトの葉茎からする独特な青臭い臭気まで沁みついてしまっている。
(こんなことなら今日はアクアポニックスの視察にすべきだったな!)
ちょっと前から土恵商事が新規事業として参入したアクアポニックスは、「水産養殖」と「水耕栽培」を合わせた造語で、魚の飼育と植物の水耕栽培を同時に行うシステムのことだ。
それこそ開発部の領分だが、大葉の所属する総務部だって社内で何の事業が進行中なのかくらい知っておくことは必要だ。
開発部長の話によると、提携先の第一プラント内ではエビの養殖とワサビの水耕栽培が進行中らしい。
きっとそちらへ行けば、こんなに汗だくになることもなかったはずだ。
(ま、現実逃避だがな)
実際問題、時間的ゆとりがないのは今日出向いた先とコラボ予定のイベントの方だ。
アクアポニックス視察は、急いで行かなくても別に問題はないので、夢想するだけ無駄なのは大葉にも分かっていた。
***
土恵商事はその会社の特性から、ビル内にシャワールームを完備している。
社員らは皆、大抵作業して帰った後はシャワーで汚れを落として着替えることにしている者が多い。
大葉ももちろんそうだ。
羽理の前でくさいのは有り得ないと思うのと同時に、だがこれ以上遅くなるのは良くないんじゃないか?という思いが交錯して。
『迷ってるくらいなら、ちょっと遅くなるってメールしたらいいじゃないですか。時間がもったいないですよ?』
脳内でミニ羽理がそうささやいてくるのだけれど、いざスマートフォンを持ち上げて羽理の連絡先を呼び出したら、妙に緊張して手指が震えてしまう大葉だ。
(お、俺はいつからこんなヘタレになったんだ!)
そう自問自答したら、すぐさま『ずっとですよ?』とミニ羽理が律儀に答えてくれる。
(いや、そういうの、要らねぇから!)
と脳内で色々ミニ羽理に言い訳をしていたら、手に持ったままのスマートフォンがブブッと震えて驚いてしまう。
通知に誘われてメッセージアプリを開いてみれば、送信者には〝猫娘〟と表示されていて、『屋久蓑部長、まだ出張先ですよね? 夕方の待ち合わせ、どうしましょう? 後日にしますか?』と書かれていた。
(あ。登録者名……)
さすがに恋人になったのにこのままではよろしくないと思った大葉だったけれど、まさか自分が羽理の携帯の中で、未だ〝裸男〟のままになっているとは思ってもいないだろう。
そうして、もちろん、今最優先すべきはそこじゃない。
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