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9.ワンコパニック

何で屋久蓑部長がそんなこと言うんですか!

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 羽理うりが同僚の法忍ほうにん仁子じんこを相手に、大葉たいようが作った弁当を披露している真っ最中のところへ出くわした。

 その様に何となく(法忍ほうにんよ、それ、俺が荒木に作ってやったんだぞ)とか、(やっぱり荒木にはもっと可愛い包みの方が似合うな)とかせわしなく思っていたら、「デキアイヒンじゃないから」云々うんぬんと断言する羽理の言葉が耳に飛び込んできて。
 心の中で思わず、(バカ! どう見てもだろ! 俺の愛が分からないのか!)とツッコミを入れてしまった。

 それと同時、法忍ほうにん仁子が「やけに渋い包みね!?」と指摘して。

 こちらへ気付いたらしい羽理からキッと睨まれてしまう。

「なっ」
 ――何故そこで俺を睨む!

(そもそも、お前、今朝弁当渡した時は包みのことなんざ、全然気にしてなかっただろ!)

 俺の愛を反故ほごにするような発言をした上、何て理不尽りふじんな女なんだ!と思ってしまった大葉たいようだ。

 と、そこでとした春風みたいな雰囲気を身にまとった倍相ばいしょう岳斗がくとがひらりと二人に近付いてきて。

「あれぇ? ひょっとして荒木あらきさん、今日は手作り弁当? ランチをおごろうと思ってたのに残念ざんねーん

 瞳を目一杯見開いた倍相ばいしょうの様子から、言外に『珍し過ぎない!?』と付け加えられているのを感じた大葉たいようは、(ま、それ。そいつが作ったんじゃねぇしな。荒木を昼に誘えなくて遺憾だったな、倍相ばいしょう岳斗がくと!)なんて思いつつ。

 何となく倍相ばいしょう課長に一歩リードした気がして心の中、(今朝の俺、グッジョブ!)と胸を張りたくなった。

「すみません、課長。また誘ってください」

 羽理うりからのに、倍相ばいしょうが「もちろん」と答えるのを聞きながらつい対抗心。

「いや、荒木あらきはこれからもずっと手作り弁当持参するから無理だろ」

 なんてつぶやいてしまって。

「えっ!?」

 三人から一斉に注目を浴びてしまった。

「何で屋久蓑やくみの部長がそんなこと言うんですか!」

 羽理にプンスカされた大葉たいようは、思わず苦しまぎれ。

「せ、せっかく弁当箱とか用意したのに作らないとかもったいないだろ!……って思った、だけ……だ。ふ、深い意味は……ない」

 と、机上にポツンと置かれたモスグリーンの包みを指さして、しどろもどろ。どうにかこうにかそう思った理由を述べたのだけれど。

「えー。羽理、わざわざお弁当箱、買ったの?」

 法忍ほうにんがそこへ食いついてくれてホッとする。

「か、買ったわけじゃ……」

 自分が作ったわけでも弁当箱を用意したわけでもない羽理うりがオロオロするのを見て、(それは忘年会のビンゴ大会の景品だぞ、荒木あらき)とふふん、としたと同時、『あ!』と思った大葉たいようだ。

 そう、あれは行事ごとで手に入れた品だ。

 鈍そうな女子社員二人はともかくとして、一見のほほんとして見えるがその実やり手な倍相ばいしょう岳斗がくとは勘付くかも知れない。

 それに――。


「もぉ、煮え切らないわね! どんなお弁当箱なのか見せてみなさいよ!」

 法忍ほうにんが羽理をかして皆の前で包みをほどかせてしまったからたまらない。

(マズイ……)

 包みの下から姿を現したのは白木の曲げわっぱで。

「えっ!? 何で!?」

 仲の良い同僚のことを知悉ちしつしている法忍ほうにんが、それを見て驚いたのも無理はない。

「ちょっと羽理! あんた、いつからしたの!」

 白木のふた部分。
 大葉たいようが、風呂敷と箸が可愛くない分、少しでも女子っぽく見えるように……と思って貼った、ミニチュアダックスの愛らしい防水ステッカーが鎮座ましましていたからだ。

(ウリちゃんイメージのステッカーだぞ? 可愛いだろう!)
 と言うのはもちろん建前。

 ニブチンの羽理に、食べる直前。少しでもいいから自分が作った弁当なのだと意識して欲しかっただけ。

 そう。
 言うなれば、大葉たいようが己の存在感を主張してみただけのステッカーに他ならなかった。
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