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6.気になって仕方がない

声にならない悲鳴

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***

 屋久蓑やくみの大葉たいようは、帰宅するなりぴょんぴょんと飛び跳ねながら「お帰りなさい」をしてくれる愛犬キュウリに出迎えられて、デレデレで「ウリちゃんただいま」とその小さな頭を撫で繰り回す。

「ウリちゃん、パパが帰って来て喜んでくれるのは嬉しいけど……そんなに飛び跳ねたら駄目でちゅよ? 腰を痛めたら大変でちゅからね」

 やたら丁寧な幼児語でキュウリに語り掛けた大葉たいようは、〝うり〟という響きに気付いた途端、照れ臭さに心臓をバクバクさせた。

「ウリちゃん、もしもおうちに〝うり〟ちゃんがふたりになったらどうしまちゅか?」

 ボソリと独り言のように問いかけてみたら、キュウリにキョトンとした顔で見上げられてしまう。

「いや、今の忘れて?」

 はぁ~、と吐息をこぼしつつ……(風呂でも入ってシャキッとするか)と決意した大葉たいようだ。

 いつもより設定温度低めのぬるま湯を浴びれば、このよく分からないモヤモヤした感情もリセット出来るかも知れない。

(いっそ水でも浴びるか!?)

 羽理うりには別れ際、ちゃんと明朝風呂へ入るよう指示を出して来たし、よもや裸でこんばんは♥なハプニングは起こらないだろうと思って。

 よくは分からないけれど、何となく……。
 荒木あらき羽理うりと同時に入浴しなければ、あの妙な通路は開かれないんじゃないかと勝手に思っている大葉たいようだ。

 (荒木あらきの、あの綺麗な裸が見られないのはちょっぴり残念だな……なんて、これっぽっちも考えてないからな!?)と、車の中で羽理の香りを意識しただけで半勃はんだちになりかけた愚息を吐息交じりに見下ろして。
 
(何だってお前はあいつにはやたらと反応するんだ!)

 きっとスッピンの顔立ちが思いのほか好みのド・ストライクだった上に、やたらとそそられるプロポーションだったから……以外に理由なんてありはしないのだけれど、今まであんな可愛い社員が同じフロアにいたのに気付けなかったのは痛恨のミスだと思ってしまう。

 だって、きっと……そのせいで倍相ばいしょう岳斗がくとに一歩も二歩も先を越されているのだから。

 ふとそんなことを考えて(俺はバカか……)と自分をたしなめた大葉たいようは、尻尾を振りながらずっと足元に待機しているキュウリの頭を再度ヨシヨシ、と撫でてやる。
 
「とりあえず……パパはシャワー浴びてきまちゅね……」

 一人玄関先へ立ち止まったまま百面相をする主人を見上げてくる純粋無垢じゅんすいむくなキュウリの視線に居たたまれなくなった大葉たいようは、足元の愛犬に別れを告げるとそそくさと脱衣所へ向かった。


***


つめてっ!」

 シャワー水栓本体部、温度調節ハンドルを水にして勢いよく頭から冷水を浴びた大葉たいようは、その冷たさにギュッと身体を縮こまらせた。

 季節は初夏。
 確実に夏へ向かって日々気温が高くなっている昨今とは言え、直射日光の当たる場所でなし。
 夜の風呂場で浴びるには冷水は冷たすぎた。

 お陰様で熱を持ちかけていた愚息もキュゥッと縮み上がって自己処理をする手間は省けたけれど……。

(風邪ひいちまうわ!)

 ほんのちょっとハンドルを回してぬるま湯が出るように切り替えると、自分を甘やかした大葉たいようだ。

 シャンプーを適当に出してガシガシと髪を洗って……、頭に泡を乗っけたまま牛のマークの固形石鹸で全身を乱暴に清めてから……。

(上がるか……)

 一気にシャワーで泡を洗い流してサッパリした身体から水滴を滴らせながらドアに手を伸ばした。

 と――。

 こちらから開ける前に勝手に扉が開いて。

「あれぇ? 屋久蓑やくみにょ部長ぶちょぉ? 何れまだまりゃうちにいるんれしゅかぁ?」

 真っ裸の荒木羽理が水滴を滴らせ、フラフラしながら愛くるしい瞳でキョトンと大葉たいようを見上げてきた。

(ちょっと待て。何でだ!!)

 ぐわりとち上がる息子に戸惑いながら、大葉たいようが思わず声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない――。
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