【完結】月夜の約束

鷹槻れん

文字の大きさ
上 下
19 / 44
古城

2

しおりを挟む
「泣くな。俺が泣かせたみたいだろ?」

 背中を軽くぽんぽん、と叩きながら発せられるセリフも、いつもと違ってどこかとても優しい。

 泣くな、とは言うけれど彼はパティスを無理に泣き止ませようとはしなかった。
 パティスが自然に落ち着くまで、静かに待っていてくれた。

 どのくらいそうしていただろう。

 思い切り泣いたパティスは、涙と一緒に今まで背負っていた「大人にならなければ」という気負いをすべて洗い流せたような、どこかとても軽い気持ちになれた。

「……有難う。もぅ大丈夫」
 そう言ってブレイズからそっと離れると
「パティス、手……」
 ブレイズがいつも通りのどこかぶっきらぼうな口調で手を差し伸べてきた。

 きっと彼は、最初からパティスが自分と手をつなぎたがっていたことを知っていたのだ。知っていて気付かぬ振りをしていたのだろう。
 それが急に手を差し出してくれたのは、きっと自分が素直になったことへのご褒美なのだ。

「……私の名前、初めてちゃんと呼んでくれたね」
 パティスが、そんなブレイズの手を取りながら、まだ少し涙の乾き切らない顔を向けてはにかんでみせる。

 その笑顔に照れたのか、それには何も答えずそっぽを向くブレイズ。しかし、パティスが載せた手をそっと握り返してくれたことで、パティスには彼が「お前の存在を認めたからだよ」と言ってくれているように思えた。

 そこからの、彼と手をつないで歩いた数分間は、パティスにとって至福の時間となった。
 手から伝わる温もりが、彼が異形であることを忘れさせてくれていたからかもしれない。

 そうして今この建物の前に立ち、パティスは失念しかけていたブレイズと自分との違いを思い出したのだった――。

「凄いお屋敷……」
 率直な感想を漏らすと、横に居るブレイズが苦笑するのが分かった。

 ロマネスク様式の風情漂うたたずまい。
 石を積み上げて作られた重々しい外壁と、とんがった屋根。開口部はほとんど見られず、窓も小さくて狭い。

 月光をバックにそびえるそれは、何だかパッと見、とりで要塞ようさいのようだとパティスは思った。

 ここについた時点で、いつの間にかつないでいた手は解かれている。

 自分がぼんやり建物に見入っている間に、ブレイズは一人で先に行っていた。

「入らないのか」
 その声にハッと気がつくと、ブレイズが重厚な扉に手をかけ、振り返っていた。

「は、入る!」
 勿論そのつもりできたのだから。

 あわてて彼の後を追って石造りの階段を駆け上がると、パティスはその建物の中に足を踏み入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

この世で彼女ひとり

豆狸
恋愛
──殿下。これを最後のお手紙にしたいと思っています。 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

処理中です...