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古城
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「泣くな。俺が泣かせたみたいだろ?」
背中を軽くぽんぽん、と叩きながら発せられるセリフも、いつもと違ってどこかとても優しい。
泣くな、とは言うけれど彼はパティスを無理に泣き止ませようとはしなかった。
パティスが自然に落ち着くまで、静かに待っていてくれた。
どのくらいそうしていただろう。
思い切り泣いたパティスは、涙と一緒に今まで背負っていた「大人にならなければ」という気負いをすべて洗い流せたような、どこかとても軽い気持ちになれた。
「……有難う。もぅ大丈夫」
そう言ってブレイズからそっと離れると
「パティス、手……」
ブレイズがいつも通りのどこかぶっきらぼうな口調で手を差し伸べてきた。
きっと彼は、最初からパティスが自分と手をつなぎたがっていたことを知っていたのだ。知っていて気付かぬ振りをしていたのだろう。
それが急に手を差し出してくれたのは、きっと自分が素直になったことへのご褒美なのだ。
「……私の名前、初めてちゃんと呼んでくれたね」
パティスが、そんなブレイズの手を取りながら、まだ少し涙の乾き切らない顔を向けてはにかんでみせる。
その笑顔に照れたのか、それには何も答えずそっぽを向くブレイズ。しかし、パティスが載せた手をそっと握り返してくれたことで、パティスには彼が「お前の存在を認めたからだよ」と言ってくれているように思えた。
そこからの、彼と手をつないで歩いた数分間は、パティスにとって至福の時間となった。
手から伝わる温もりが、彼が異形であることを忘れさせてくれていたからかもしれない。
そうして今この建物の前に立ち、パティスは失念しかけていたブレイズと自分との違いを思い出したのだった――。
「凄いお屋敷……」
率直な感想を漏らすと、横に居るブレイズが苦笑するのが分かった。
ロマネスク様式の風情漂うたたずまい。
石を積み上げて作られた重々しい外壁と、とんがった屋根。開口部はほとんど見られず、窓も小さくて狭い。
月光をバックにそびえるそれは、何だかパッと見、砦か要塞のようだとパティスは思った。
ここについた時点で、いつの間にかつないでいた手は解かれている。
自分がぼんやり建物に見入っている間に、ブレイズは一人で先に行っていた。
「入らないのか」
その声にハッと気がつくと、ブレイズが重厚な扉に手をかけ、振り返っていた。
「は、入る!」
勿論そのつもりできたのだから。
あわてて彼の後を追って石造りの階段を駆け上がると、パティスはその建物の中に足を踏み入れた。
背中を軽くぽんぽん、と叩きながら発せられるセリフも、いつもと違ってどこかとても優しい。
泣くな、とは言うけれど彼はパティスを無理に泣き止ませようとはしなかった。
パティスが自然に落ち着くまで、静かに待っていてくれた。
どのくらいそうしていただろう。
思い切り泣いたパティスは、涙と一緒に今まで背負っていた「大人にならなければ」という気負いをすべて洗い流せたような、どこかとても軽い気持ちになれた。
「……有難う。もぅ大丈夫」
そう言ってブレイズからそっと離れると
「パティス、手……」
ブレイズがいつも通りのどこかぶっきらぼうな口調で手を差し伸べてきた。
きっと彼は、最初からパティスが自分と手をつなぎたがっていたことを知っていたのだ。知っていて気付かぬ振りをしていたのだろう。
それが急に手を差し出してくれたのは、きっと自分が素直になったことへのご褒美なのだ。
「……私の名前、初めてちゃんと呼んでくれたね」
パティスが、そんなブレイズの手を取りながら、まだ少し涙の乾き切らない顔を向けてはにかんでみせる。
その笑顔に照れたのか、それには何も答えずそっぽを向くブレイズ。しかし、パティスが載せた手をそっと握り返してくれたことで、パティスには彼が「お前の存在を認めたからだよ」と言ってくれているように思えた。
そこからの、彼と手をつないで歩いた数分間は、パティスにとって至福の時間となった。
手から伝わる温もりが、彼が異形であることを忘れさせてくれていたからかもしれない。
そうして今この建物の前に立ち、パティスは失念しかけていたブレイズと自分との違いを思い出したのだった――。
「凄いお屋敷……」
率直な感想を漏らすと、横に居るブレイズが苦笑するのが分かった。
ロマネスク様式の風情漂うたたずまい。
石を積み上げて作られた重々しい外壁と、とんがった屋根。開口部はほとんど見られず、窓も小さくて狭い。
月光をバックにそびえるそれは、何だかパッと見、砦か要塞のようだとパティスは思った。
ここについた時点で、いつの間にかつないでいた手は解かれている。
自分がぼんやり建物に見入っている間に、ブレイズは一人で先に行っていた。
「入らないのか」
その声にハッと気がつくと、ブレイズが重厚な扉に手をかけ、振り返っていた。
「は、入る!」
勿論そのつもりできたのだから。
あわてて彼の後を追って石造りの階段を駆け上がると、パティスはその建物の中に足を踏み入れた。
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