【完結】月夜の約束

交渉

3

「今晩泊めてくれるんなら考えても良いわ」

　若い男の家に一夜の宿を請こうだなんて、我ながら大胆発言だな……と思いはする。
　しかし、ブレイズの家が見られて一石二鳥だという気持ちのほうが勝った。
　というより、多分彼のそばを離れたくないだけだ。

「どう？」
　パティスのセリフに固まるブレイズに、畳み掛けるようにもう一度問いかける。

「……お前、それ、本気で言ってんのか？」
　驚きを隠せないといった表情でそう言うブレイズに、「当然よ」と即答する。

　その、取り付く島もない態度にあからさまに溜め息をついてみせるブレイズ。

「俺だって本気で腹が減ったら何するか分かんねぇんだぞ？」
　脅しのようにそうつぶやくが、そんなことで引き下がるパティスではなかった。

「結構よ」
　あっかんべ～。

　襲われるのは嫌だけど、襲うかもしれないぞ、と言われるのは何だか心地よかった。矛盾しているとは思うが、先ほどのように「ガキは趣味じゃない」とにべもなく拒絶されるより何倍も良い。
　きっとそれは、ブレイズに女性として認められたような気分になれたからだろう。

　もとよりブレイズが渋ることは想定のうち。パティスは、引き下がってやるつもりなんて毛頭ないのだ。

　実際、家出してきた手前、どんな顔をして家に戻ったらいいのかも分からなかったし、何より帰るための交通費がない。今すぐ電車に乗って、という行動が取れない以上、寝床の確保は最優先事項だ。

　とりあえず今夜一晩、安心して過ごせる場所が得られたなら、その後のことはまた後日考えればよい。

　何より今夜はもう遅い。

　きっとブレイズもそう思ったのだろう。
　はぁ、と諦めたように大きく溜め息をつくと、
「一晩だけだからな？」

　そう念を押して彼女の提案を呑んだ。