219 / 230
終章.最上級の愛をキミに
くるみの木
しおりを挟む
***
「そう言やぁあれもなかなか使われんで寂しいね」
リビングの窓から。
実篤がふと社屋外の屋根付き駐車場に停められた、愛車横に並ぶ白い軽自動車を見てポツリとつぶやいたら、すぐ横に来たくるみが小さく吐息を落とした。
「ホンマに。折角前の『くるみの木号』と同じように移動販売が出来るようにしてもらったんに……しばらくお預けだなんて、凄く寂しいです」
台風後、新車を買おうと実篤が提案した時、贅沢だと渋ったくるみに、実篤は「新しい車も前の車みたいに移動販売が出来る仕様にして、車自身にもお金を稼いで貰ぉたらええじゃ?」と提案したのだけれど。
くるみはその言葉に、実篤が思った以上に喜んでくれて――。
結局くるみはパン屋が再開できた暁には、定休日の水曜日を除く月曜から金曜は今まで通り移動販売に精を出したいと結論付けたのだ。
「うち、今まで通り配達を待ってくれちょるお客さんのこと、大事にしたいんです」
結果、新しく建てる予定の新居一階事務所内の、『くるみの木』販売ブースでは、基本的に冷蔵保存が必要な生クリーム入りの新作マリトッツォやフルーツサンド、サンドイッチなどを冷蔵ショーケースへ並べるに留めることで話を進めた二人だ。
冷蔵ものは店舗で、普通のパンは基本的には移動販売車で。
くるみからのたっての要望で、そういう住み分けをする形に計画を組み替えたのだった。
元々働き者のくるみは、十二月の中旬に新しい車が納車された頃にはまだ妊娠にも気付いていなかったから。
家が完成して厨房が使えるようになったらすぐにでも『くるみの木』の営業を再開するつもりで色々算段を練っていたのだけれど。
アレよアレよといううちに悪阻に悩まされて日がな一日寝込むようになって。
パン作りはおろか、日常生活もままならなくなったくるみに、実篤は始終オロオロしっぱなしの日々だった。
***
「ようやく体調も落ち着いてきましたけぇパンこねたりは問題なく出来る思うんですけど……。パン屋の再始動自体はおチビちゃんを産んで落ち着いた後の方がええですいね?」
順調に見えても妊娠中は無理をするとすぐにお腹が張ったりする。
お腹の胎児のことを思えばそれが一番得策に思えたのだけれど。
車庫の車を見下ろしながらくるみが切なげに眉根を寄せるのを見て、実篤は「そうじゃね。寂しいけどその方が無難かも知れんよ」と彼女を労わるように抱きしめた。
「じゃけど――」
そこでふと思いついたように告げられた実篤からの提案に、
「ええんですかっ。それ、凄く凄く嬉しいです!」
くるみがキラキラと瞳を輝かせた。
「そう言やぁあれもなかなか使われんで寂しいね」
リビングの窓から。
実篤がふと社屋外の屋根付き駐車場に停められた、愛車横に並ぶ白い軽自動車を見てポツリとつぶやいたら、すぐ横に来たくるみが小さく吐息を落とした。
「ホンマに。折角前の『くるみの木号』と同じように移動販売が出来るようにしてもらったんに……しばらくお預けだなんて、凄く寂しいです」
台風後、新車を買おうと実篤が提案した時、贅沢だと渋ったくるみに、実篤は「新しい車も前の車みたいに移動販売が出来る仕様にして、車自身にもお金を稼いで貰ぉたらええじゃ?」と提案したのだけれど。
くるみはその言葉に、実篤が思った以上に喜んでくれて――。
結局くるみはパン屋が再開できた暁には、定休日の水曜日を除く月曜から金曜は今まで通り移動販売に精を出したいと結論付けたのだ。
「うち、今まで通り配達を待ってくれちょるお客さんのこと、大事にしたいんです」
結果、新しく建てる予定の新居一階事務所内の、『くるみの木』販売ブースでは、基本的に冷蔵保存が必要な生クリーム入りの新作マリトッツォやフルーツサンド、サンドイッチなどを冷蔵ショーケースへ並べるに留めることで話を進めた二人だ。
冷蔵ものは店舗で、普通のパンは基本的には移動販売車で。
くるみからのたっての要望で、そういう住み分けをする形に計画を組み替えたのだった。
元々働き者のくるみは、十二月の中旬に新しい車が納車された頃にはまだ妊娠にも気付いていなかったから。
家が完成して厨房が使えるようになったらすぐにでも『くるみの木』の営業を再開するつもりで色々算段を練っていたのだけれど。
アレよアレよといううちに悪阻に悩まされて日がな一日寝込むようになって。
パン作りはおろか、日常生活もままならなくなったくるみに、実篤は始終オロオロしっぱなしの日々だった。
***
「ようやく体調も落ち着いてきましたけぇパンこねたりは問題なく出来る思うんですけど……。パン屋の再始動自体はおチビちゃんを産んで落ち着いた後の方がええですいね?」
順調に見えても妊娠中は無理をするとすぐにお腹が張ったりする。
お腹の胎児のことを思えばそれが一番得策に思えたのだけれど。
車庫の車を見下ろしながらくるみが切なげに眉根を寄せるのを見て、実篤は「そうじゃね。寂しいけどその方が無難かも知れんよ」と彼女を労わるように抱きしめた。
「じゃけど――」
そこでふと思いついたように告げられた実篤からの提案に、
「ええんですかっ。それ、凄く凄く嬉しいです!」
くるみがキラキラと瞳を輝かせた。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる