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12-4.くるみの覚悟と実篤の決意
台風の爪痕
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台風十五号は市内のあちこちに大きな爪痕を残して去っていった。
くるみの愛車『くるみの木号』も、くるみの実家も、それはもう惨憺たる有様で。
完全にエンジンが水に浸かったくるみの木号は廃車を余儀なくされたし、家の方も汚泥を取り除いたところで住めるようにするにはかなりの修繕が必要になりそうだった。
くるみがパンを焼くために使っていた業務用オーブンやパンを発酵させるための焙炉など、様々な設備もみんな水没で駄目になっていて、今すぐパン屋を再開するのは困難そうで。
水が引いた後すぐ、くるみとともに家の様子を見に行った実篤だったけれど、汚泥がすごくて長靴をはいた足が泥に捕らわれてなかなか前に進めなかった。
乾燥してきたらしてきたで歩きやすくはなったけれど、今度は細かくなった泥やカビが空中に飛散して衛生上好ましくないため、マスクが外せなくて。
畳や家具なども汚泥にまみれ、屋外に運び出して水道水で綺麗に洗い流しても一朝一夕には綺麗にはならなかったから……。
くるみと話してほとんどのものを廃棄処分しようと決めたのだ。
床などを剥がして汚泥を洗い流すのにも相当な労力と時間を要したし、何より家の主要な柱の一つに大きな亀裂が入って家自体が傾いてしまっていたから、とうぶんの間、御庄の家で生活するのは無理だと思われた。
ただ、幸いなことに二人には実篤が住んでいた由宇町の家があったから。
とりあえずはそこに移り住もうということになったのだけれど。
***
「家やら車やらはダメになったですけど……仏壇だけでも何とかなりそうで良かったです」
くるみが言ったように、高い所に置かれていた仏壇は思ったほど浸水しておらず、下段(膳棚)から下を取り換えてダメになった仏具を買いそろえれば大丈夫そうだった。
それを確認した実篤は、すぐに仏壇屋に修繕を手配したのだけれど。
仏壇を引き取ってもらって由宇の家へ戻って来た時、両親の位牌と遺影の前にちょこんと座って実篤を見上げて、くるみが淡く微笑んだのが、実篤にはたまらなく辛かった。
「くるみちゃん、俺の前では無理して笑わんでもええんじゃけぇね?」
くるみにとって、パン作りはある種の生き甲斐だったはずだ。
その機材も、それを売り歩くための愛車も、そうして生まれ育った家さえも酷い有様になってしまったのに。
仏壇が無事だから良かっただなんて割り切れるわけがないではないか。
くるみを労わるように彼女の前でひざを折った実篤に、
「実篤さん……うち……」
くるみがギュウッとしがみ付いてきて声を震わせるから……。
実篤はそんなくるみを腕の中にしっかりと抱き締めた。
くるみの愛車『くるみの木号』も、くるみの実家も、それはもう惨憺たる有様で。
完全にエンジンが水に浸かったくるみの木号は廃車を余儀なくされたし、家の方も汚泥を取り除いたところで住めるようにするにはかなりの修繕が必要になりそうだった。
くるみがパンを焼くために使っていた業務用オーブンやパンを発酵させるための焙炉など、様々な設備もみんな水没で駄目になっていて、今すぐパン屋を再開するのは困難そうで。
水が引いた後すぐ、くるみとともに家の様子を見に行った実篤だったけれど、汚泥がすごくて長靴をはいた足が泥に捕らわれてなかなか前に進めなかった。
乾燥してきたらしてきたで歩きやすくはなったけれど、今度は細かくなった泥やカビが空中に飛散して衛生上好ましくないため、マスクが外せなくて。
畳や家具なども汚泥にまみれ、屋外に運び出して水道水で綺麗に洗い流しても一朝一夕には綺麗にはならなかったから……。
くるみと話してほとんどのものを廃棄処分しようと決めたのだ。
床などを剥がして汚泥を洗い流すのにも相当な労力と時間を要したし、何より家の主要な柱の一つに大きな亀裂が入って家自体が傾いてしまっていたから、とうぶんの間、御庄の家で生活するのは無理だと思われた。
ただ、幸いなことに二人には実篤が住んでいた由宇町の家があったから。
とりあえずはそこに移り住もうということになったのだけれど。
***
「家やら車やらはダメになったですけど……仏壇だけでも何とかなりそうで良かったです」
くるみが言ったように、高い所に置かれていた仏壇は思ったほど浸水しておらず、下段(膳棚)から下を取り換えてダメになった仏具を買いそろえれば大丈夫そうだった。
それを確認した実篤は、すぐに仏壇屋に修繕を手配したのだけれど。
仏壇を引き取ってもらって由宇の家へ戻って来た時、両親の位牌と遺影の前にちょこんと座って実篤を見上げて、くるみが淡く微笑んだのが、実篤にはたまらなく辛かった。
「くるみちゃん、俺の前では無理して笑わんでもええんじゃけぇね?」
くるみにとって、パン作りはある種の生き甲斐だったはずだ。
その機材も、それを売り歩くための愛車も、そうして生まれ育った家さえも酷い有様になってしまったのに。
仏壇が無事だから良かっただなんて割り切れるわけがないではないか。
くるみを労わるように彼女の前でひざを折った実篤に、
「実篤さん……うち……」
くるみがギュウッとしがみ付いてきて声を震わせるから……。
実篤はそんなくるみを腕の中にしっかりと抱き締めた。
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