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6-3.会いとぉない人
ネームプレート
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でも、兄弟姉妹のいなかった一人っ子のくるみにとって、時折香澄が連れてくるかっこいいお兄ちゃんは、いわゆる初恋の人だった。
(実篤さん、うちの運命の伴侶かも知れんっ)
八雲からこの話を聞いた時の感動を再び思い出して一人照れていたくるみは、
「よぉ覚えちょらんけど私もくるみちゃんも小さい頃、あのパン屋さんでちょいちょい顔合わせちょったってことよね?」
ようやく降りてきたエレベーターに乗り込みながら「八」と「閉」ボタンを押した鏡花に問いかけられて、ハッとする。
「そうじゃね。ホンマ子供の頃の記憶ってええ加減じゃわ……」
かっこいいお兄さんと実篤がイコールで結びつかなかった程度の記憶なのだ。
鏡花が言う通り、幼い頃に会っていたとしてもお互いよく覚えていないのは、くるみには仕方がないことに思えて。
(逆に八雲さん! 記憶力が良すぎて凄過ぎなんじゃけど!)
その頃から可愛い女の子に関してのみ、やたらと記憶力が良かった八雲なのだが、くるみはそんなこと知るよしもなかった。
***
会場に着くと、入り口のところに受付があって、名前を言って会費を支払うと、名簿にチェックを入れてくれてから名札を渡された。
裏に安全ピンとクリップがついたネームプレートは、表にふりがな付きでフルネームが記されていて。
高校生の頃つけていた名札は苗字だけで、これの四分の一ほどの小さなものだったから何となく恥ずかしいなぁと思いながら受け取ったくるみだ。
鏡花とともにそれを胸元につけたら、
「小学生の頃の名札を思い出すね」
『栗野鏡花』と書かれた名札を付けた鏡花が、くるみの胸元を見てクスッと笑う。
その言葉にふと視線を落としたら、胸元で『木下くるみ』と書かれた名札がキラリと照明を反射した。
「ちょっぴり恥ずかしいとか思うちょるん、うちだけ?」
小声で鏡花に耳打ちしたら「同じく」と返って来た。
鏡花みたいに大きな組織に勤めていたら、今でも胸元にネームプレートを付けたり、首から社員証を掛けたりするのかも知れない。
だけどくるみは個人経営の移動パン屋さんを営んでいるから、そういうのに無縁なのも照れ臭さに拍車を掛ける。
結婚して姓が変わった人はこの名札に旧姓も列記されているらしい。
今年二十四になる同級生の同窓会だ。
ちらほらと苗字が二つ並べて書かれた名札を付けたメンバーが目について。
今まで意識していなかったけれど自分もそう言う年なんだなぁとふと思ってしまったくるみだ。
横にいる鏡花の名札の『栗野』の部分を見て、自分も『栗野(木下)くるみ』と併記された名札をつけているのを想像したくるみは、にわかに照れ臭くなってしまう。
「くるみちゃん?」
ひゃーっと頬を両手で覆ったら、鏡花にキョトンとされてしまった。
「あ、な、何でもないけんっ」
顔が熱を帯びているのを感じながら慌ててそう言ったら、怪訝そうな顔で鏡花にじっと見つめられてしまう。
「今、くるみちゃん、めちゃくちゃ可愛い顔になっちょるよ! ひょっとしてお兄ちゃんのこと考えたりした?」
鏡花からの鋭い指摘に、グッと言葉に詰まったくるみだ。
(実篤さん、うちの運命の伴侶かも知れんっ)
八雲からこの話を聞いた時の感動を再び思い出して一人照れていたくるみは、
「よぉ覚えちょらんけど私もくるみちゃんも小さい頃、あのパン屋さんでちょいちょい顔合わせちょったってことよね?」
ようやく降りてきたエレベーターに乗り込みながら「八」と「閉」ボタンを押した鏡花に問いかけられて、ハッとする。
「そうじゃね。ホンマ子供の頃の記憶ってええ加減じゃわ……」
かっこいいお兄さんと実篤がイコールで結びつかなかった程度の記憶なのだ。
鏡花が言う通り、幼い頃に会っていたとしてもお互いよく覚えていないのは、くるみには仕方がないことに思えて。
(逆に八雲さん! 記憶力が良すぎて凄過ぎなんじゃけど!)
その頃から可愛い女の子に関してのみ、やたらと記憶力が良かった八雲なのだが、くるみはそんなこと知るよしもなかった。
***
会場に着くと、入り口のところに受付があって、名前を言って会費を支払うと、名簿にチェックを入れてくれてから名札を渡された。
裏に安全ピンとクリップがついたネームプレートは、表にふりがな付きでフルネームが記されていて。
高校生の頃つけていた名札は苗字だけで、これの四分の一ほどの小さなものだったから何となく恥ずかしいなぁと思いながら受け取ったくるみだ。
鏡花とともにそれを胸元につけたら、
「小学生の頃の名札を思い出すね」
『栗野鏡花』と書かれた名札を付けた鏡花が、くるみの胸元を見てクスッと笑う。
その言葉にふと視線を落としたら、胸元で『木下くるみ』と書かれた名札がキラリと照明を反射した。
「ちょっぴり恥ずかしいとか思うちょるん、うちだけ?」
小声で鏡花に耳打ちしたら「同じく」と返って来た。
鏡花みたいに大きな組織に勤めていたら、今でも胸元にネームプレートを付けたり、首から社員証を掛けたりするのかも知れない。
だけどくるみは個人経営の移動パン屋さんを営んでいるから、そういうのに無縁なのも照れ臭さに拍車を掛ける。
結婚して姓が変わった人はこの名札に旧姓も列記されているらしい。
今年二十四になる同級生の同窓会だ。
ちらほらと苗字が二つ並べて書かれた名札を付けたメンバーが目について。
今まで意識していなかったけれど自分もそう言う年なんだなぁとふと思ってしまったくるみだ。
横にいる鏡花の名札の『栗野』の部分を見て、自分も『栗野(木下)くるみ』と併記された名札をつけているのを想像したくるみは、にわかに照れ臭くなってしまう。
「くるみちゃん?」
ひゃーっと頬を両手で覆ったら、鏡花にキョトンとされてしまった。
「あ、な、何でもないけんっ」
顔が熱を帯びているのを感じながら慌ててそう言ったら、怪訝そうな顔で鏡花にじっと見つめられてしまう。
「今、くるみちゃん、めちゃくちゃ可愛い顔になっちょるよ! ひょっとしてお兄ちゃんのこと考えたりした?」
鏡花からの鋭い指摘に、グッと言葉に詰まったくるみだ。
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