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40.それぞれの未来*
ふたりを守る義務
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実際結葉の時みたいに妻を愛し過ぎていつもいつも気を張っていなくていい分、偉央としては凄く気楽に良い夫を演じられる。
きっと察しのいい美春のことだから、偉央の思惑には勘付いているだろう。
自分は、夫からさして愛されてはいないし、子供ができた今だって、偉央から情愛を向けられてはいないのだ、と。
そうなると分かっていてもなお、美春が偉央の子を孕みたい、偉央の妻になりたいと望んでくれたのであれば、それもまた自業自得だと割り切れている部分もあるのかもしれない。
それに、このところ偉央はよく思うのだ。
人の気持ちは不変ではない。変化していくものだ、と。
偉央のことを愛してくれていたはずの結葉の心が、三年の年月をかけてすり減ってしまったように、今はまだ結葉に対して未練たらたらな偉央の愛情が、これからの歳月で逆に美春に向かないとは限らないではないか。
偉央自身、そうなれたらいいと、目の中に入れても痛くないと思える程に愛しい娘を慈しみながら、本気で思っていたりする。
この、掛け替えのない存在を偉央にもたらしてくれた女性は、紛れもなく美春なのだから――。
*
「美春、僕に家族をくれて本当に有難う」
偉央は、切ないぐらいにギュッと胸を締め付けられるこの〝愛しい〟と言う感覚が、結葉以外にも持てたことに自分自身驚きながら、無意識。美春に礼の言葉を述べていた。
*
偉央からの突然の言葉に美春が心底驚いた顔をして。
「バカね。そんなのお互い様なのに」
と、瞳を潤ませる。
今、偉央が告げた〝家族〟には、まだ自分は含まれていないかも知れないと感じた美春だ。
「帆乃と三人で、ゆっくりゆっくり本当の家族になっていこうね」
願わくは、偉央が守りたい〝家族〟の輪の中に、自分も無条件に入れてもらえる日がきたならば。
夫の気持ちが未だ前妻に傾いているのは承知の上。
こんな切ない気持ちを背負わなければいけなくなったのは、偉央が最愛の女性と別れて弱り切っている時に、彼の心の隙間につけ込んだ愚かな自分への報いだと、今はまだ甘んじて受け入れられている美春だ。
これまで散々抑えてきたのだから、もう少し偉央の心が癒えてからアタックすることだって出来たはずなのに、どうしてもあの時の自分は待てなかった。
モタモタしている間に偉央がまた、別の誰かとどうにかなってしまったらと思うと気が気じゃなくて。
気が付いたら半分襲うような形で偉央との間に既成事実を作ってしまっていた。
偉央への報われない片思いはずっと抱き続けてきた美春だったけれど、彼が結婚してからはけじめとして、偉央にちょっかいを掛けたことは一度たりともなかったし、偉央が幸せである限り気持ちを伝えるつもりもなくて。
決して、院内の元同僚の一部に影でささやかれている様な不埒な関係ではなかったと断言できるし、そんなことを思われるのは、結葉しか見えていなかった偉央に対して失礼だから、やめて欲しいとも思っている。
ずっと好きだった相手を変わらず思い続けることが罪だと言われるならば仕方ないけれど、美春は前妻の結葉に対して恥ずべき行いはしていないと、――少なくとも自分自身と生まれてきた娘に対して、胸を張って言える。
偉央とは本当に、ただ職場の同僚として一緒に働いていただけ。
もちろん、同じ職場に元カノ未満のセフレが混ざっていると言うのは、結葉が知ったら気分のいいものではなかっただろう。
だから近くにいても美春は絶対にそんな素振りは見せなかったし、偉央にしてもきっと、美春をそう言う目で見たことは――少なくとも結葉と出会ってから別れるまで一度もなかったはずだ。
偉央の傷心につけ込んで後妻に収まった美春だったけれど、愛する男性の子供を産んでもなお、満たされない想いが尽きないのは、きっと偉央に愛されていないのを感じるからに他ならない。
でも……いつかきっと――。
娘を抱く偉央にそっと寄り添いながら、美春はそんなことを夢見て。
美春の淡い言葉になんて、絶対に反応してくれないと思っていた偉央が優しく微笑んで、「うん、そうだね」と返してくれて、美春は思わず息を呑んだ。
それは偉央も、自分と同じ気持ちを抱いてくれていると明言してくれたようにも感じられて――。
大好きな夫からの、そんな些細な言動が、物凄い前進に思えたと言ったら、神様に笑われるだろうか?
*
自分を真っ直ぐに見つめてくる美春と、腕の中の小さな温もりを感じながら、偉央は一人思う。
きっと世間的に見れば、自分達は不義密通の末に前妻を追い出した最低の夫婦に見えるんだろうな、と。
別に院内で結葉との結婚や離婚、美春との再婚のことを明言したわけではないけれど、スタッフの中にはそう感じている者も少なからずいるはずだ。
美春は偉央との結婚を機に『みしょう動物病院』の受付事務を退いて、専業主婦に収まったけれど、それでもこうして病院の近くに新居を構えている以上、何の噂も聞かないで過ごすのは不可能だろうなと思う。
偉央に面と向かって何かを言ってくるスタッフはいないけれど、早すぎる再婚に不満を持っているメンバーがいるのも承知の上だ。
院長権限で不穏分子の総入れ替えをして、院内の空気を一新することは不可能ではない。
けれど、そんな事をしようものなら、噂を受け入れて逃げを打った様で、それこそ美春と帆乃に申し開きが出来ないではないか。
スタッフの中には離婚の直前までの数ヶ月間、偉央の様子がおかしくなっていたことに気付いていた者ももちろんいて。
少なくともそういう面々は、偉央の離婚が美春とは関わりがないと思ってくれている様だった。
偉央と同じ獣医師仲間である早川と佐藤はそちら側らしく、自分達夫婦に対して穿った見方をしていないのが分かるから、それだけでも随分と救われる気持ちがした偉央だ。
実際、不貞行為だと決めつけている側と、そうではないと思ってくれている側、どちらの意見が優勢になるかは偉央にも分からない。
下手をするとそう言うゴタゴタのせいで病院全体の士気が下がって、患者の来院数にも悪影響を与えるかも知れないとも思っている。
でも――。
「ねえ美春。キミは僕に愛されていないと思っているかも知れないけれど。何があっても僕は全力でキミと帆乃を守るつもりだから。それだけは覚えておいて?」
まだ。
美春に対して、結葉に感じるような執着は感じていないけれど。
彼女は偉央の大切な娘の母親であり、今は偉央のたった一人の妻だから。
御庄偉央には一家の長として、今度こそ妻と娘を守って、家庭を壊さないように努める義務がある。
きっと察しのいい美春のことだから、偉央の思惑には勘付いているだろう。
自分は、夫からさして愛されてはいないし、子供ができた今だって、偉央から情愛を向けられてはいないのだ、と。
そうなると分かっていてもなお、美春が偉央の子を孕みたい、偉央の妻になりたいと望んでくれたのであれば、それもまた自業自得だと割り切れている部分もあるのかもしれない。
それに、このところ偉央はよく思うのだ。
人の気持ちは不変ではない。変化していくものだ、と。
偉央のことを愛してくれていたはずの結葉の心が、三年の年月をかけてすり減ってしまったように、今はまだ結葉に対して未練たらたらな偉央の愛情が、これからの歳月で逆に美春に向かないとは限らないではないか。
偉央自身、そうなれたらいいと、目の中に入れても痛くないと思える程に愛しい娘を慈しみながら、本気で思っていたりする。
この、掛け替えのない存在を偉央にもたらしてくれた女性は、紛れもなく美春なのだから――。
*
「美春、僕に家族をくれて本当に有難う」
偉央は、切ないぐらいにギュッと胸を締め付けられるこの〝愛しい〟と言う感覚が、結葉以外にも持てたことに自分自身驚きながら、無意識。美春に礼の言葉を述べていた。
*
偉央からの突然の言葉に美春が心底驚いた顔をして。
「バカね。そんなのお互い様なのに」
と、瞳を潤ませる。
今、偉央が告げた〝家族〟には、まだ自分は含まれていないかも知れないと感じた美春だ。
「帆乃と三人で、ゆっくりゆっくり本当の家族になっていこうね」
願わくは、偉央が守りたい〝家族〟の輪の中に、自分も無条件に入れてもらえる日がきたならば。
夫の気持ちが未だ前妻に傾いているのは承知の上。
こんな切ない気持ちを背負わなければいけなくなったのは、偉央が最愛の女性と別れて弱り切っている時に、彼の心の隙間につけ込んだ愚かな自分への報いだと、今はまだ甘んじて受け入れられている美春だ。
これまで散々抑えてきたのだから、もう少し偉央の心が癒えてからアタックすることだって出来たはずなのに、どうしてもあの時の自分は待てなかった。
モタモタしている間に偉央がまた、別の誰かとどうにかなってしまったらと思うと気が気じゃなくて。
気が付いたら半分襲うような形で偉央との間に既成事実を作ってしまっていた。
偉央への報われない片思いはずっと抱き続けてきた美春だったけれど、彼が結婚してからはけじめとして、偉央にちょっかいを掛けたことは一度たりともなかったし、偉央が幸せである限り気持ちを伝えるつもりもなくて。
決して、院内の元同僚の一部に影でささやかれている様な不埒な関係ではなかったと断言できるし、そんなことを思われるのは、結葉しか見えていなかった偉央に対して失礼だから、やめて欲しいとも思っている。
ずっと好きだった相手を変わらず思い続けることが罪だと言われるならば仕方ないけれど、美春は前妻の結葉に対して恥ずべき行いはしていないと、――少なくとも自分自身と生まれてきた娘に対して、胸を張って言える。
偉央とは本当に、ただ職場の同僚として一緒に働いていただけ。
もちろん、同じ職場に元カノ未満のセフレが混ざっていると言うのは、結葉が知ったら気分のいいものではなかっただろう。
だから近くにいても美春は絶対にそんな素振りは見せなかったし、偉央にしてもきっと、美春をそう言う目で見たことは――少なくとも結葉と出会ってから別れるまで一度もなかったはずだ。
偉央の傷心につけ込んで後妻に収まった美春だったけれど、愛する男性の子供を産んでもなお、満たされない想いが尽きないのは、きっと偉央に愛されていないのを感じるからに他ならない。
でも……いつかきっと――。
娘を抱く偉央にそっと寄り添いながら、美春はそんなことを夢見て。
美春の淡い言葉になんて、絶対に反応してくれないと思っていた偉央が優しく微笑んで、「うん、そうだね」と返してくれて、美春は思わず息を呑んだ。
それは偉央も、自分と同じ気持ちを抱いてくれていると明言してくれたようにも感じられて――。
大好きな夫からの、そんな些細な言動が、物凄い前進に思えたと言ったら、神様に笑われるだろうか?
*
自分を真っ直ぐに見つめてくる美春と、腕の中の小さな温もりを感じながら、偉央は一人思う。
きっと世間的に見れば、自分達は不義密通の末に前妻を追い出した最低の夫婦に見えるんだろうな、と。
別に院内で結葉との結婚や離婚、美春との再婚のことを明言したわけではないけれど、スタッフの中にはそう感じている者も少なからずいるはずだ。
美春は偉央との結婚を機に『みしょう動物病院』の受付事務を退いて、専業主婦に収まったけれど、それでもこうして病院の近くに新居を構えている以上、何の噂も聞かないで過ごすのは不可能だろうなと思う。
偉央に面と向かって何かを言ってくるスタッフはいないけれど、早すぎる再婚に不満を持っているメンバーがいるのも承知の上だ。
院長権限で不穏分子の総入れ替えをして、院内の空気を一新することは不可能ではない。
けれど、そんな事をしようものなら、噂を受け入れて逃げを打った様で、それこそ美春と帆乃に申し開きが出来ないではないか。
スタッフの中には離婚の直前までの数ヶ月間、偉央の様子がおかしくなっていたことに気付いていた者ももちろんいて。
少なくともそういう面々は、偉央の離婚が美春とは関わりがないと思ってくれている様だった。
偉央と同じ獣医師仲間である早川と佐藤はそちら側らしく、自分達夫婦に対して穿った見方をしていないのが分かるから、それだけでも随分と救われる気持ちがした偉央だ。
実際、不貞行為だと決めつけている側と、そうではないと思ってくれている側、どちらの意見が優勢になるかは偉央にも分からない。
下手をするとそう言うゴタゴタのせいで病院全体の士気が下がって、患者の来院数にも悪影響を与えるかも知れないとも思っている。
でも――。
「ねえ美春。キミは僕に愛されていないと思っているかも知れないけれど。何があっても僕は全力でキミと帆乃を守るつもりだから。それだけは覚えておいて?」
まだ。
美春に対して、結葉に感じるような執着は感じていないけれど。
彼女は偉央の大切な娘の母親であり、今は偉央のたった一人の妻だから。
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