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36.終止符
想ちゃん、私も…いつか幸せなママになれるかな
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「婚姻中はとても良くしてもらっていたの」
さっきの結葉の口ぶりではしょっちゅう電話が掛かってきていたようだし、そうなのだろう。
実際、結葉は、偉央と二人きりで暮らすより、義父母と同居した方が気が楽なのではないかと思ったこともあるくらいだったの……とポロリと涙を落とした。
想は車を出そうと着けていたシートベルトを外して、助手席の結葉をギュッと腕の中に抱き寄せる。
「想……ちゃ?」
途端、腕の中で結葉が驚いたように小さくつぶやくのが聞こえた。
「お前は何も悪くねぇよ」
普通、結婚生活が破綻するとき、片方だけに百パーセント責任があるなんてことはない。
だけど、少なくとも偉央と結葉の場合は、旦那側にその割合が大きいのは明らかだ。
それに、結葉は美鳥への電話で言っていたじゃないか。
子供を持てなかったのは旦那が望まなかったからだ、と。
「なぁ結葉。子供が出来なかったのは旦那の意思だったって……」
――言わなかったのか?
そう続けようとした想に、結葉が腕の中でフルフルと首を振るのが分かった。
「何で……」
「私ね、偉央さんに首を絞められる前、『子供を作って、親子三人でやり直そう』って言われたの」
それは初耳だった想だ。
「は?」
思わずつぶやいて、結葉を抱く腕を緩めて彼女の顔をじっと見つめたら、結葉が泣きそうな顔をする。
「私ね、あんなに偉央さんとの子供が欲しかったはずなのに……言われた時、今更要らないのにって思ったの。だから――」
否定しなかったと言うのだろうか。
「けどそれは……」
「うん。言ってくれるのが遅すぎただけだってちゃんと分かってる。だって私、結婚してる時は偉央さんに何度も何度も『赤ちゃんが欲しい』ってお願いしてたもの。……きっとね、その頃に言われてたら心が動いてたと思う。――でも……あの時は。私、どうしても嫌だ!って思っちゃったの。それはまぎれもない事実だから」
想にはよく分からないが、その際偉央は結葉を引き止めるための足枷にするため、子供を欲しているようなことを言ったらしい。
そんな理由で子供を望む人と、幸せになれるとは思えなかったの、と結葉が悲しそうに微笑んだ。
「だったら尚のことそういう経緯全部ひっくるめてあっちの親に言ってやれば良かったじゃねぇか」
「……でも……想ちゃん。私、何だかんだ言っても……結局のところ偉央さんとの子供、欲しくないって思っちゃったんだよ? 孫を残せない嫁だって非難されても仕方ないかなって……思っちゃった」
結葉はそんな風に自分を責めるけれど、想としてはどうしても納得がいかない。
真実を知らないくせに結葉を悪者にして泣かせるなんてふざけんな!と思う。
でも――。
「こちらの理由はどうあれ……私はお義父さんとお義母さんに孫を見せてあげられなかった。それは紛れもない事実だから」
結葉は甘んじてその非難を受け入れると言うのだ。
「ねぇ想ちゃん。私も……いつかうちのお母さんや純子さんみたいな幸せなママになれるかな……」
想の腕の中、小さく縮こまって、結葉がポロポロと涙をこぼすから。
想は居た堪れない気持ちになって彼女をギュッと抱きしめた。
もう相手の親に言い返したとか言い返さないとか、そんなことどうでもいいと思って。
今はただただ、この腕の中で所在なく震える結葉のことを、誰よりも幸せにしてやりたい、と願うのみだった。
「結葉なら絶対幸せになれるから。俺が保証してやる! だからもう泣くな。――な?」
――俺が幸せにしてやる、という言葉は、結葉が望んでくれないと言えないから。
想は喉元まで出掛かったその言葉を、寸でのところでグッと飲み込んだ。
***
結葉は自分も悪いのだから仕方がないと言うような諦めに似たことを言っていたけれど、結局偉央との離婚が成立してから――と言うより元義父母から子供を成せないとレッテルを貼られてから数日。
表面上は元気にしているけれど、一人にしておくと明らかに塞ぎ込んでいる様子なのが分かるから、想はとても気になっている。
想の告白への返事は、全てのことが片付いたら……と話してくれた結葉だったけれど、その日はいつ来るだろう、とふと自分本位なことまで思ってしまって自己嫌悪の想だ。
***
「結葉。今度の休みさ、一緒に映画でも観に行かねぇ?」
想は自分の気持ちを持ち上げる意味も込めて、結葉にそう持ちかけてみた。
思えばマトモなデートの誘いは、結葉をあのマンションから救出した日以来だ。
「映画?」
夕飯後、リビングの片隅で本を開いて、一人ぼんやりとしていた結葉が、ゆるゆると想の方をふり仰ぐ。
さっきから、結葉が手にした本のページを全くめくっていないことを、想は知っていた。
「うん。前に観に行った時に『面白そうだな』って話したパニックものの映画があっただろ? あれ、昨日から公開になってんだよ」
「そうなの?」
「しかも4DX3Dだ」
「本当っ⁉︎」
前回連れて行った際、結葉は体感型の上映システムをとても気に入っていたから。
あれに連れて行けば、少しは気が晴れるかな?と思ったのだが、思いのほか食いついてきてくれて、想はちょっと驚いてしまう。
「前行った時、楽しかったもんな?」
「うんっ! すっごく!」
久々に結葉が心から笑うのを見た気がした想だ。
単純だけど、自分もそれだけで物凄く嬉しくなる。
さっきの結葉の口ぶりではしょっちゅう電話が掛かってきていたようだし、そうなのだろう。
実際、結葉は、偉央と二人きりで暮らすより、義父母と同居した方が気が楽なのではないかと思ったこともあるくらいだったの……とポロリと涙を落とした。
想は車を出そうと着けていたシートベルトを外して、助手席の結葉をギュッと腕の中に抱き寄せる。
「想……ちゃ?」
途端、腕の中で結葉が驚いたように小さくつぶやくのが聞こえた。
「お前は何も悪くねぇよ」
普通、結婚生活が破綻するとき、片方だけに百パーセント責任があるなんてことはない。
だけど、少なくとも偉央と結葉の場合は、旦那側にその割合が大きいのは明らかだ。
それに、結葉は美鳥への電話で言っていたじゃないか。
子供を持てなかったのは旦那が望まなかったからだ、と。
「なぁ結葉。子供が出来なかったのは旦那の意思だったって……」
――言わなかったのか?
そう続けようとした想に、結葉が腕の中でフルフルと首を振るのが分かった。
「何で……」
「私ね、偉央さんに首を絞められる前、『子供を作って、親子三人でやり直そう』って言われたの」
それは初耳だった想だ。
「は?」
思わずつぶやいて、結葉を抱く腕を緩めて彼女の顔をじっと見つめたら、結葉が泣きそうな顔をする。
「私ね、あんなに偉央さんとの子供が欲しかったはずなのに……言われた時、今更要らないのにって思ったの。だから――」
否定しなかったと言うのだろうか。
「けどそれは……」
「うん。言ってくれるのが遅すぎただけだってちゃんと分かってる。だって私、結婚してる時は偉央さんに何度も何度も『赤ちゃんが欲しい』ってお願いしてたもの。……きっとね、その頃に言われてたら心が動いてたと思う。――でも……あの時は。私、どうしても嫌だ!って思っちゃったの。それはまぎれもない事実だから」
想にはよく分からないが、その際偉央は結葉を引き止めるための足枷にするため、子供を欲しているようなことを言ったらしい。
そんな理由で子供を望む人と、幸せになれるとは思えなかったの、と結葉が悲しそうに微笑んだ。
「だったら尚のことそういう経緯全部ひっくるめてあっちの親に言ってやれば良かったじゃねぇか」
「……でも……想ちゃん。私、何だかんだ言っても……結局のところ偉央さんとの子供、欲しくないって思っちゃったんだよ? 孫を残せない嫁だって非難されても仕方ないかなって……思っちゃった」
結葉はそんな風に自分を責めるけれど、想としてはどうしても納得がいかない。
真実を知らないくせに結葉を悪者にして泣かせるなんてふざけんな!と思う。
でも――。
「こちらの理由はどうあれ……私はお義父さんとお義母さんに孫を見せてあげられなかった。それは紛れもない事実だから」
結葉は甘んじてその非難を受け入れると言うのだ。
「ねぇ想ちゃん。私も……いつかうちのお母さんや純子さんみたいな幸せなママになれるかな……」
想の腕の中、小さく縮こまって、結葉がポロポロと涙をこぼすから。
想は居た堪れない気持ちになって彼女をギュッと抱きしめた。
もう相手の親に言い返したとか言い返さないとか、そんなことどうでもいいと思って。
今はただただ、この腕の中で所在なく震える結葉のことを、誰よりも幸せにしてやりたい、と願うのみだった。
「結葉なら絶対幸せになれるから。俺が保証してやる! だからもう泣くな。――な?」
――俺が幸せにしてやる、という言葉は、結葉が望んでくれないと言えないから。
想は喉元まで出掛かったその言葉を、寸でのところでグッと飲み込んだ。
***
結葉は自分も悪いのだから仕方がないと言うような諦めに似たことを言っていたけれど、結局偉央との離婚が成立してから――と言うより元義父母から子供を成せないとレッテルを貼られてから数日。
表面上は元気にしているけれど、一人にしておくと明らかに塞ぎ込んでいる様子なのが分かるから、想はとても気になっている。
想の告白への返事は、全てのことが片付いたら……と話してくれた結葉だったけれど、その日はいつ来るだろう、とふと自分本位なことまで思ってしまって自己嫌悪の想だ。
***
「結葉。今度の休みさ、一緒に映画でも観に行かねぇ?」
想は自分の気持ちを持ち上げる意味も込めて、結葉にそう持ちかけてみた。
思えばマトモなデートの誘いは、結葉をあのマンションから救出した日以来だ。
「映画?」
夕飯後、リビングの片隅で本を開いて、一人ぼんやりとしていた結葉が、ゆるゆると想の方をふり仰ぐ。
さっきから、結葉が手にした本のページを全くめくっていないことを、想は知っていた。
「うん。前に観に行った時に『面白そうだな』って話したパニックものの映画があっただろ? あれ、昨日から公開になってんだよ」
「そうなの?」
「しかも4DX3Dだ」
「本当っ⁉︎」
前回連れて行った際、結葉は体感型の上映システムをとても気に入っていたから。
あれに連れて行けば、少しは気が晴れるかな?と思ったのだが、思いのほか食いついてきてくれて、想はちょっと驚いてしまう。
「前行った時、楽しかったもんな?」
「うんっ! すっごく!」
久々に結葉が心から笑うのを見た気がした想だ。
単純だけど、自分もそれだけで物凄く嬉しくなる。
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