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35.二度目のSOS

〝いつか〟が来るなんて保証はないから

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***


そうちゃん、ごめんね」

 そうの腕の中で、結葉ゆいはが心底申し訳なさそうな顔をして謝罪の言葉を口に乗せた。

 そうは何も言わずに結葉ゆいはを抱く腕にギュッと力を込めてそれに応える。

偉央いおさんからのお手紙にね、『最後に私の手料理が食べたかった』って……そんな感じのことがたった一言だけ書かれていたの」

 それを見たらどうしても偉央いおに手料理を食べさせたくなったのだと結葉ゆいはは言って。

偉央いおさんとは本当に色々あったけど……私、偉央いおさんのこと、怖いと思ったことはあっても……その……、嫌いだって感じたことは一度もなかったから」

 そうが何を答えなくても、結葉ゆいははまるでそれを話すのが責務であるかのように話し続ける。

 ある意味独白のようだな、とそうは思った。
 自分の気持ちを整理するために話しているみたいな……そんな気がしたのだ。


「あの、そうちゃん、もう大丈夫だから降ろしてもらっても……いいかな?」

 キッチンを抜けて、そのまま廊下に出ようとしたそうを、結葉ゆいはが恐る恐ると言った具合に呼び止めて。

 まだ少し涙に潤んだ瞳で懇願するように見上げてきた。

「ホントに……平気か?」

 そうとしてはつい今し方の、グッタリした結葉ゆいはの姿がどうしても頭から離れない。

 手を離してしまったら、この温もりをまた奪われてしまうのではないかという恐怖が頭の片隅でわだかまっておりのように凝り固まっている。

「うん。平気……!」

 なのに結葉ゆいはが曇りのない目でそうを見つめてコクリと頷くから……。
 そうはゆっくりと結葉ゆいはを床に降ろした。

 結葉ゆいはの足が地に接したと分かっても、もしもに備えるみたいに結葉ゆいはを包み込むように回した腕を離すことがなかなか出来なくて。

そうちゃん……?」

 そっと離せないままの手に触れられて、結葉ゆいはに〝ホントに平気だよ?〟と言外に含まされる。

「……えっと……まだちゃんとしておきたいあれこれがあるから……。その、少し離してもらえたら嬉しいな?」

「俺……」

 このに及んでまだそんなことを言ってくる結葉ゆいはに、そうは言わずにはいられない。

「ん?」

「俺、お前が俺に黙ってここへ来て……御庄みしょうさんに首絞められてんの見た時、生きた心地がしなかったんだけど? ……気ぃ失ったまま何度呼びかけてもちっとも反応してくんねぇし……本当に不安で不安で堪らなかった!」

「ごめんなさい……」

「別に謝らせてぇわけじゃねぇよ。ただ……」

 だから、自分はこの手を離したくないんだと言わんばかり。
 ギュッと結葉ゆいはを腕の中に閉じ込めるように抱きしめると、そうはそのまま言葉を紡いだ。

「俺、結葉ゆいはのことが好きだ。子供の頃からずっと……」

 いま、旦那と色々あったばかりで心身ともに疲弊し切っているであろう結葉ゆいはに、こんなことを言うのはフェアじゃないと分かっている。

 分かっていても、結葉ゆいはを失うかも知れないという恐怖を味わわされたそうとしては、どうしても方今ほうこん結葉ゆいはにそれを伝えなければならないと思ってしまった。

 ずっと〝いつか言おう〟と思っていた気持ちだけど、〝いつか〟なんていつ来るか分からないし、絶対来るとも限らないと思い知らされたそうだ。

 自分がうだうだして言えずにいたから。

 そうはずっと隣にいるのが当たり前だと思っていた結葉ゆいはを、いきなり現れた他の男に奪われてしまった。
 そんな苦々しい過去だって忘れたわけじゃない。

「もちろん幼馴染みとして、とかじゃねぇぞ? 異性として俺のそばにいて欲しい相手だって思ってる」

「あの、……そうちゃ、私……」

「良い……。別にいますぐ返事が欲しくて言ったわけじゃねぇから」

 結葉ゆいはが腕の中、オロオロと身じろいで何か言おうとしたのを、ギュッと腕に力を込めて言わせないようにすると、そうは大きく息を吐き出して結葉ゆいはから腕を離した。

「ごめんな? 急に。俺、お前にいつかこの気持ちを伝えなきゃってずっと思ってたんだ。なのに言えずにいる間に色々あり過ぎて時機を逸しちまってた。……さっき結葉ゆいはが目を開けないのを見て……いつかなんて来る保証はねぇよなって……今更だけど気付いたんだ。だから――」

 言わせてもらったのだと、そう結葉ゆいはをじっと見詰める。

 伝えたい言葉を伝えられないままになるのは嫌だ。
 だけど、結葉ゆいはがそれに〝今すぐ〟応える必要はないのだと言外に含ませる。


そうちゃん。知ってると思うけど……私、すっごくすっごく不器用なの。――だから」

 結葉ゆいはが、そんなそうを見つめ返して、ほんの少しだけ困った顔をして微笑んだ。

「ひとつずつしなきゃいけないことを順番に片付けていって……ちゃんと。全部、ぜぇ~んぶ整理がついたら……そうちゃんからの告白へのお返事させて?」

 大きな目で自分を見上げてくる結葉ゆいはの頭をポンポンと撫でると、そうは「分かった」と頷いた。

「あっ! けど! もしも! もしも心変わりしたらちゃんと教えてね? でなきゃ恥ずかしいもん」

 頭に載せられたそうの手を、小さい頃のようにギュッと掴むと、結葉ゆいはが照れ隠しみたいにヘヘッと笑った。

「二十年以上しつこく想ってんのに? 今更そんなこと心配する必要あんの?」

 クスクス笑うそうに、結葉ゆいはが今度こそ耳まで真っ赤にして「そうちゃんのバカ……」とつぶやいた。
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