184 / 228
33.久々の我が家
偉央さん、痩せた…?
しおりを挟む
***
「い、お、さん……」
ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央で。
結葉はオロオロと視線を彷徨わせる。
「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」
ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられて。
それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央がとても悲しそうな顔で結葉を見詰め返してきた。
覇気が全く感じられない偉央の様子に、一瞬ほだされそうになった結葉だ。
でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。
偉央には見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉は小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。
「偉央さん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」
流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。
結葉は指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央の反応を窺った。
今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央に触れられる心配はないはずだ。
だけど少しでも偉央がこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思って。
警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。
偉央は小さく溜め息を落とすと、
「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」
それでも淡く微笑んで。
その悲しそうな笑顔に、結葉はギューッと胸が締め付けられる。
(偉央さん、痩せた?)
いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉だ。
「偉央さん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」
思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央が余りにも弱々しく見えたから。
「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」
プライドの高い偉央が、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。
力なくこぼされた言葉に、結葉は気が付けば、いま冷蔵庫に仕舞ったばかりのタッパーを取り出して、「少し召し上がられませんか? 私、準備しますので」と誘い掛けていた。
それはほぼ無意識に口をついて出てしまっていたセリフで。
偉央が結葉の言葉に、彼女を見詰めて驚いたように「え……?」とつぶやいた。
それを見て、結葉は今更のようにソワソワしてしまう。
「あ、あのっ……折角持ってきたので……その、感想をお聞きしたいなって」
タッパーを手に落ち付かない結葉だ。
(私、何を言ってるの……?)
あんなに怖かったはずの偉央なのに。
何だかいま目の前にいる偉央は、結葉の知っている彼ではないように見えたから。
「キミが嫌じゃないなら……お願い……しよう、かな」
ややして偉央がそう答えて結葉に微かな笑みを向けてくる。
その笑顔は、結葉が偉央と付き合っていた頃によく見せてくれた優しい表情に似ていたから。
結葉は、懐かしさに胸の奥が小さく疼くのを感じた。
「じゃあ早速用意しますね」
それを払拭するように皿を取りに食器棚に行って。
偉央の方へ背を向けた途端、背後でガタンッと音がして、結葉はビクッと肩を跳ねさせた。
「――偉央さんっ⁉︎」
だけど結葉が恐る恐る振り返ったら偉央が寝室前で膝をついているのが見えて。
結葉は現状も忘れて思わず彼のそばに走り寄っていた。
「どうしたのっ? 具合が悪いのっ?」
偉央のすぐ横に跪いて、殆ど無意識。
彼の背中に触れて俯けられた顔を覗き込んだら、そのままギュッと抱きしめられた。
「い、おさっ⁉︎」
突然の抱擁に驚いた結葉が身体をギュッと固くしたら、偉央が小さな声でポツリと言った。
「ごめん。ちょっとだけ肩を貸してもらえないかな」
その言葉に、偉央は自分を抱き締めたのではなく、支えにしたかっただけだったんだと気付かされた結葉は、小さくコクリと頷いた。
頷きながらも、怖くて気持ちをしっかり持っていないと身体が小刻みに震えてしまいそうで。
でも、だからと言ってこんなに弱っている偉央を放り出すことは出来なかった。
「――本当にすまない。キミは……僕のことが怖いのに」
自分でも抑えているつもりだったけれど、偉央にも震えているのが伝わってしまったらしい。
力無い声で謝罪されて、結葉はフルフルと首を振った。
「こ、わくないって言ったら嘘になるけど……でも、偉央さんを支えるのは嫌じゃない……」
考えてみれば、偉央が自分に対してこんな弱い部分を見せたことは、彼との長い付き合いの中で一度もなかった気がした結葉だ。
「だから……変に気を遣わず私を頼って?」
そのぐらい偉央が弱っているのもあるのだろうけれど、自分の弱さを見せてくれる今の偉央となら、ちゃんと話が出来る気がして。
「立てますか?」
結葉自身、偉央を支えたままでは立ち上がることが出来なかったから、一旦先に自分だけ立ち上がらせてもらって、偉央に恐る恐る手を差し出した。
偉央はそんな結葉を切なげな目で見上げてくると、そっと伸ばされた手を握る。
「有難う……結葉」
間近で偉央に名前を呼ばれて、結葉は無意識だったけれどトクン……と心臓が跳ねたのを感じた。
偉央の低音ボイスで名前を呼ばれるのが好きだったな、とふと思い出して切なくなって。
偉央とこの部屋で再会して、名前を呼ばれたのはこれで二度目。
最初に「結葉?」と呼び掛けられた後は、まるで意図的ででもあるかの様に「キミ」と呼び掛けられていたから。
結葉はグッと奥歯を噛み締めると、押し寄せる諸々の感情を一旦胸の奥底に押し込めた。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
長らくお待たせいたしました。
ある賞に応募用の書き下ろし中編、無事脱稿しましたので『こんまち』の連載、再開します!
鷹槻れん
(2022/04/12)
「い、お、さん……」
ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央で。
結葉はオロオロと視線を彷徨わせる。
「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」
ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられて。
それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央がとても悲しそうな顔で結葉を見詰め返してきた。
覇気が全く感じられない偉央の様子に、一瞬ほだされそうになった結葉だ。
でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。
偉央には見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉は小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。
「偉央さん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」
流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。
結葉は指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央の反応を窺った。
今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央に触れられる心配はないはずだ。
だけど少しでも偉央がこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思って。
警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。
偉央は小さく溜め息を落とすと、
「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」
それでも淡く微笑んで。
その悲しそうな笑顔に、結葉はギューッと胸が締め付けられる。
(偉央さん、痩せた?)
いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉だ。
「偉央さん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」
思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央が余りにも弱々しく見えたから。
「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」
プライドの高い偉央が、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。
力なくこぼされた言葉に、結葉は気が付けば、いま冷蔵庫に仕舞ったばかりのタッパーを取り出して、「少し召し上がられませんか? 私、準備しますので」と誘い掛けていた。
それはほぼ無意識に口をついて出てしまっていたセリフで。
偉央が結葉の言葉に、彼女を見詰めて驚いたように「え……?」とつぶやいた。
それを見て、結葉は今更のようにソワソワしてしまう。
「あ、あのっ……折角持ってきたので……その、感想をお聞きしたいなって」
タッパーを手に落ち付かない結葉だ。
(私、何を言ってるの……?)
あんなに怖かったはずの偉央なのに。
何だかいま目の前にいる偉央は、結葉の知っている彼ではないように見えたから。
「キミが嫌じゃないなら……お願い……しよう、かな」
ややして偉央がそう答えて結葉に微かな笑みを向けてくる。
その笑顔は、結葉が偉央と付き合っていた頃によく見せてくれた優しい表情に似ていたから。
結葉は、懐かしさに胸の奥が小さく疼くのを感じた。
「じゃあ早速用意しますね」
それを払拭するように皿を取りに食器棚に行って。
偉央の方へ背を向けた途端、背後でガタンッと音がして、結葉はビクッと肩を跳ねさせた。
「――偉央さんっ⁉︎」
だけど結葉が恐る恐る振り返ったら偉央が寝室前で膝をついているのが見えて。
結葉は現状も忘れて思わず彼のそばに走り寄っていた。
「どうしたのっ? 具合が悪いのっ?」
偉央のすぐ横に跪いて、殆ど無意識。
彼の背中に触れて俯けられた顔を覗き込んだら、そのままギュッと抱きしめられた。
「い、おさっ⁉︎」
突然の抱擁に驚いた結葉が身体をギュッと固くしたら、偉央が小さな声でポツリと言った。
「ごめん。ちょっとだけ肩を貸してもらえないかな」
その言葉に、偉央は自分を抱き締めたのではなく、支えにしたかっただけだったんだと気付かされた結葉は、小さくコクリと頷いた。
頷きながらも、怖くて気持ちをしっかり持っていないと身体が小刻みに震えてしまいそうで。
でも、だからと言ってこんなに弱っている偉央を放り出すことは出来なかった。
「――本当にすまない。キミは……僕のことが怖いのに」
自分でも抑えているつもりだったけれど、偉央にも震えているのが伝わってしまったらしい。
力無い声で謝罪されて、結葉はフルフルと首を振った。
「こ、わくないって言ったら嘘になるけど……でも、偉央さんを支えるのは嫌じゃない……」
考えてみれば、偉央が自分に対してこんな弱い部分を見せたことは、彼との長い付き合いの中で一度もなかった気がした結葉だ。
「だから……変に気を遣わず私を頼って?」
そのぐらい偉央が弱っているのもあるのだろうけれど、自分の弱さを見せてくれる今の偉央となら、ちゃんと話が出来る気がして。
「立てますか?」
結葉自身、偉央を支えたままでは立ち上がることが出来なかったから、一旦先に自分だけ立ち上がらせてもらって、偉央に恐る恐る手を差し出した。
偉央はそんな結葉を切なげな目で見上げてくると、そっと伸ばされた手を握る。
「有難う……結葉」
間近で偉央に名前を呼ばれて、結葉は無意識だったけれどトクン……と心臓が跳ねたのを感じた。
偉央の低音ボイスで名前を呼ばれるのが好きだったな、とふと思い出して切なくなって。
偉央とこの部屋で再会して、名前を呼ばれたのはこれで二度目。
最初に「結葉?」と呼び掛けられた後は、まるで意図的ででもあるかの様に「キミ」と呼び掛けられていたから。
結葉はグッと奥歯を噛み締めると、押し寄せる諸々の感情を一旦胸の奥底に押し込めた。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
長らくお待たせいたしました。
ある賞に応募用の書き下ろし中編、無事脱稿しましたので『こんまち』の連載、再開します!
鷹槻れん
(2022/04/12)
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
深冬 芽以
恋愛
あらすじ
俵理人《たわらりひと》34歳、職業は秘書室長兼社長秘書。
女は扱いやすく、身体の相性が良ければいい。
結婚なんて冗談じゃない。
そう思っていたのに。
勘違いストーカー女から逃げるように引っ越したマンションで理人が再会したのは、過去に激しく叱責された女。
年上で子持ちのデキる女なんて面倒くさいばかりなのに、つい関わらずにはいられない。
そして、互いの利害の一致のため、偽装恋人関係となる。
必要な時だけ恋人を演じればいい。
それだけのはずが……。
「偽装でも、恋人だろ?」
彼女の甘い香りに惹き寄せられて、抗えない――。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる