【完結】【R18】結婚相手を間違えました

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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33.久々の我が家

偉央さん、痩せた…?

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***

「い、お、さん……」

 ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央いおで。

 結葉ゆいははオロオロと視線を彷徨わせる。

「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」

 ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられて。
 それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央いおがとても悲しそうな顔で結葉ゆいはを見詰め返してきた。

 覇気が全く感じられない偉央いおの様子に、一瞬ほだされそうになった結葉ゆいはだ。

 でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。

 偉央いおには見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉ゆいはは小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。

偉央いおさん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」

 流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。

 結葉ゆいはは指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央いおの反応をうかがった。

 今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央いおに触れられる心配はないはずだ。

 だけど少しでも偉央いおがこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思って。

 警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。

 偉央いおは小さく溜め息を落とすと、
「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」

 それでも淡く微笑んで。

 その悲しそうな笑顔に、結葉ゆいははギューッと胸が締め付けられる。


偉央いおさん、痩せた?)

 いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉ゆいはだ。


偉央いおさん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」

 思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央いおが余りにも弱々しく見えたから。

「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」

 プライドの高い偉央いおが、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。

 力なくこぼされた言葉に、結葉ゆいはは気が付けば、いま冷蔵庫に仕舞ったばかりのタッパーを取り出して、「少し召し上がられませんか? 私、準備しますので」と誘い掛けていた。

 それはほぼ無意識に口をついて出てしまっていたセリフで。

 偉央いお結葉ゆいはの言葉に、彼女を見詰めて驚いたように「え……?」とつぶやいた。

 それを見て、結葉ゆいはは今更のようにソワソワしてしまう。

「あ、あのっ……折角持ってきたので……その、感想をお聞きしたいなって」

 タッパーを手に落ち付かない結葉ゆいはだ。

(私、何を言ってるの……?)

 あんなに怖かったはずの偉央いおなのに。

 何だかいま目の前にいる偉央いおは、結葉ゆいはの知っている彼ではないように見えたから。


「キミが嫌じゃないなら……お願い……しよう、かな」

 ややして偉央いおがそう答えて結葉ゆいはに微かな笑みを向けてくる。

 その笑顔は、結葉ゆいは偉央いおと付き合っていた頃によく見せてくれた優しい表情に似ていたから。

 結葉ゆいはは、懐かしさに胸の奥が小さく疼くのを感じた。


「じゃあ早速用意しますね」

 それを払拭するように皿を取りに食器棚に行って。

 偉央いおの方へ背を向けた途端、背後でガタンッと音がして、結葉ゆいははビクッと肩を跳ねさせた。


「――偉央いおさんっ⁉︎」

 だけど結葉ゆいはが恐る恐る振り返ったら偉央いおが寝室前でひざをついているのが見えて。

 結葉ゆいはは現状も忘れて思わず彼のそばに走り寄っていた。

「どうしたのっ? 具合が悪いのっ?」

 偉央いおのすぐ横にひざまずいて、殆ど無意識。
 彼の背中に触れて俯けられた顔を覗き込んだら、そのままギュッと抱きしめられた。

「い、おさっ⁉︎」

 突然の抱擁に驚いた結葉ゆいはが身体をギュッと固くしたら、偉央いおが小さな声でポツリと言った。

「ごめん。ちょっとだけ肩を貸してもらえないかな」

 その言葉に、偉央いおは自分を抱き締めたのではなく、支えにしたかっただけだったんだと気付かされた結葉ゆいはは、小さくコクリとうなずいた。

 頷きながらも、怖くて気持ちをしっかり持っていないと身体が小刻みに震えてしまいそうで。
 でも、だからと言ってこんなに弱っている偉央いおを放り出すことは出来なかった。

「――本当にすまない。キミは……僕のことが怖いのに」

 自分でも抑えているつもりだったけれど、偉央いおにも震えているのが伝わってしまったらしい。
 力無い声で謝罪されて、結葉ゆいははフルフルと首を振った。

「こ、わくないって言ったら嘘になるけど……でも、偉央いおさんを支えるのは嫌じゃない……」

 考えてみれば、偉央いおが自分に対してこんな弱い部分を見せたことは、彼との長い付き合いの中で一度もなかった気がした結葉ゆいはだ。

「だから……変に気を遣わず私を頼って?」

 そのぐらい偉央いおが弱っているのもあるのだろうけれど、自分の弱さを見せてくれる今の偉央いおとなら、ちゃんと話が出来る気がして。

「立てますか?」

 結葉ゆいは自身、偉央いおを支えたままでは立ち上がることが出来なかったから、一旦先に自分だけ立ち上がらせてもらって、偉央いおに恐る恐る手を差し出した。

 偉央いおはそんな結葉ゆいはを切なげな目で見上げてくると、そっと伸ばされた手を握る。

「有難う……結葉ゆいは

 間近で偉央いおに名前を呼ばれて、結葉ゆいはは無意識だったけれどトクン……と心臓が跳ねたのを感じた。

 偉央いおの低音ボイスで名前を呼ばれるのが好きだったな、とふと思い出して切なくなって。

 偉央いおとこの部屋で再会して、名前を呼ばれたのはこれで二度目。

 最初に「結葉ゆいは?」と呼び掛けられた後は、まるで意図的ででもあるかの様に「キミ」と呼び掛けられていたから。

 結葉ゆいははグッと奥歯を噛み締めると、押し寄せる諸々の感情を一旦胸の奥底に押し込めた。




✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
長らくお待たせいたしました。
ある賞に応募用の書き下ろし中編、無事脱稿しましたので『こんまち』の連載、再開します!

鷹槻たかつきれん
(2022/04/12)
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