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31.大切な連絡

封筒の中身

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 そうに至極真摯しんしな眼差しで射抜かれた上、そんなことを言われてしまった結葉ゆいはは、にわかに緊張してしまう。

「あの……」

 戸惑いを眼差しに乗せて、恐る恐るそうを見上げたら「俺の部屋で話そっか」とくるりときびすを返された。

 結葉ゆいはは訳も分からないままそうに付き従うしかなくて。

そうちゃん、何だかすっごく怖い顔してた)

 それが、そうらしくないから落ち着かなくて堪らない。


 無言でそうのあとについて階段を昇って。

 結葉ゆいはがいま使わせてもらっている部屋の並びとは階段を挟んで斜め向かい側に当たるそうの部屋に入る。

「お邪魔します……」

 そうつぶやいて結葉ゆいはが中に入るなり、そうが入り口ドアに鍵を掛けてしまった。

「あ、あのっ。そうちゃん?」

 カチャリという無機質な音に不安になって、結葉ゆいはが思わずそうに呼びかけたら、

「ごめんな、結葉ゆいは。不安にさせちまって」

 そうが肩にかけたままだったリュックを、部屋の中央に置かれたローテーブルの上に下ろしながら眉根を寄せる。

 その表情を見たら、少しだけ緊張の糸が緩んだ気がした結葉ゆいはだ。


「ううん、平気。……全部、何か理由があるんでしょ?」

 そうでないと、そうがあんな思い詰めたような怖い顔をするはずがないことも、わざわざ結葉ゆいはを不安にさせてまで部屋に施錠をすることがないことも、分かっている。


「ああ、実はな、御庄みしょうさん――、えっと……お前の旦那から今日、うちの会社に書留が届いたんだ」

 言いながら、そうが机上に載せたリュックの中からA4サイズの封筒を取り出して。


偉央いおさん……から?」

「ああ」

 封の切られた封書を手渡してくれながら、そうが申し訳なさそうにつぶやいた。

「すまん。俺宛だったから……一応中、確認させてもらってる」

 言われて、結葉ゆいはは「うん」と答えながら、開いている箇所から中身を取り出した。

 封筒の中にはクリアファイルが入っていて、その中に緑色で印字された二つ折りの書類――離婚届が入っていた。

 偉央いおが記入すべき「夫」の欄は、見慣れた偉央いおの美麗な文字で埋まっていて。

 所定の位置に捺印してあるのはもちろんのこと、もしもに備えてだろう。丁寧に捨印までちゃんとされていた。

 結葉ゆいはは離婚届を見るのも初めてなら、書き方も詳しくは分からないというのが正直なところ。

 偉央いおのことだから、彼はちゃんと書き方を調べて抜かりなくこの書類を仕上げたんだろうな、とどこか他人事ひとごとみたいに思ってしまう。

 離婚届を手にそんなことを考えていたら、そうが心配そうに「結葉ゆいは?」と声をかけてきて。

「あっ。だっ、大丈夫っ」

 思わずそう答えてしまってから、逆に大丈夫じゃないみたいじゃない、と思ってしまった結葉ゆいはだ。


 クリアファイルのなかには離婚届の他に長3ながさんサイズの封筒が二封入っていた。

 結葉ゆいはは、ひとまず全部ファイルの中から出してひとつずつ中身を確認していくことにする。

 一つ目の封筒には表に「山波やまなみそう様」と書かれていて、中には小切手が入っていた。
 金額のところを見ると「¥五〇〇,〇〇〇※」と印字されていて、結葉ゆいはは驚いてしまう。

 小切手と一緒に小さなメモ書きが付いていて「妻の当面の生活費などにあててください」と書かれていて。

 結葉ゆいははソワソワとそうを見遣った。

そうちゃん、これ……」

結葉ゆいはのために御庄みしょうさんが用意した金だ。表書きは俺になってるけど、使うも使わないも結葉ゆいはに任せる。もし使いたくないなら……送り返すことも出来るし、直接会ってどうこうしたいならその手助けも、もちろんする」

 言われて結葉ゆいはは泣きそうになる。

 自分がまだ仕事を見つけられていない今、山波家やまなみけの面々に迷惑を掛けまくっているのは紛れもない事実だ。

 そんな結葉ゆいはにとって、偉央いおからの援助は喉から手が出るくらい欲しい。

 偉央いおと自分は、少なくとも法的にはまだ夫婦だし、山波一家に負担を与えるよりは理に適っているように思えた。

 でも――。

そうちゃん、私、やっぱりこのお金は使いたくない。あと……、で、出来れば……その……直接偉央いおさんに受け取れない理由わけを話してからお返ししたい」

 しどろもどろになりながら言ったら、「そっか」とそうは静かに頷いてくれた。

 そうにだって、きっと思うところは沢山あるはずなのに。

 彼が、そういう諸々の感情を全て押し殺して、結葉ゆいはの気持ちを尊重してくれようとしているのをひしひしと感じて、結葉ゆいはそうに対して感謝の気持ちと同じぐらい、申し訳なさが込み上げてしまう。

「ごめんね、そうちゃん」

 つぶやくように付け加えたら、「前に言っただろ、結葉ゆいは。謝るくらいならどうするんだっけ?」と即座に続けられて。

 結葉ゆいはは、すん逡巡して、「そうちゃん、いつも私のために有難う」と言い直した。

 そうはそれに対して「おう」と一言返してくれると、「――じゃあ、とりあえずそれは保留な」と小切手を指差す。

 結葉ゆいはは頷きながら、手元の小切手と、偉央いおからのメモ書きを封筒に戻して、クリアファイルに入れ直した。


 もう一封の封書には表に「結葉ゆいはへ」と書かれていて。

 結葉ゆいははその文言を見た途端、ギュッと胸が締め付けられるような切なさを覚える。

 偉央いおとの婚姻生活は決して楽しいとは言い難かったけれど、結葉ゆいはが寝込んだりした時には、偉央いお結葉ゆいはいたわわるように消化の良い手料理を作ってくれた。

 偉央いおが仕事で不在になるような場合は、その料理のかたわらに、必ず今みたいに「結葉ゆいはへ」と書かれたメモ書きが付けられていたのを思い出したのだ。

 手紙の方はベロの部分がしっかりと糊付けされていて、未開封のまま。

「さすがにお前宛の手紙は中、見てねぇから」

 結葉ゆいはの戸惑いに気付いたように、そうが言った。
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