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30.山波家での生活

私、あの子の照れるお顔が見たいのよぅ

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 会議室での話し合いが済んだ後、結葉ゆいはは結局アパートには戻らず、山波やまなみ建設隣の山波家の方に上がらせてもらった。


 そうして、そうせりの母親――純子じゅんことともに、そう公宣きみのぶの昼食作りに明け暮れている真っ最中だったりする。


「ゆいちゃんってば、本当手際がいいっ♡ きっと美鳥みどりさんに似たのねっ」

 この人があのパッと見ヤンキーなそうのお母さんだと思うと、どうしても違和感を感じてしまう結葉ゆいはだ。

 山波純子は、春風が服を着て歩いているような、とした女性だった。

 こんな感じなので、ご主人の稼業にはノータッチで主婦を貫いているんだろう。



「親父はさ、家にお袋が居てくれさえすれば何だって頑張れるらしい」

 いつだったか、そうが淡い笑みを浮かべながら結葉ゆいはにそう話してくれたことがある。

「ま、俺もそれ、分からんではねぇんだけどな」

 そうが言った〝それ〟が、両親に対する思いなのか、はたまた自分が公宣きみのぶの立場になった時に感じる思いなのか、結葉ゆいはにはよく分からなかったのだけれど。

 ふわふわとした純子を見ていると、ほんわかした気持ちになってくるのは確かだった。

 この人を守ってあげたい、助けてあげたい。
 そう思わされる不思議な魅力を純子は持っている。

 純子がこんな感じだから、せりはハキハキしたしっかり者に育ったのだろうし、そうがやたらめったら面倒見が良いのだってきっと。

 決して能力的に色々劣っているとか言うわけではない純子なのに、一緒にいるとついつい手助けしたくなってしまうのは何故だろう。

「他に何かお手伝いすることはありますか?」

 お昼はキーマカレーにすると純子が言って、結葉ゆいはは野菜をみじん切りにしたところだ。

「ゆいちゃんは辛口平気?」

 ほんわりと聞かれて、結葉ゆいはは思わず「はい」と答えてしまってから、本当は辛いのダメだった、と思ったのだけれど。

「実は私、辛いの苦手で。私以外みんな辛口がいいって言うからそれに合わせてるんだけど……いつもカレーの後はお水飲みすぎてお腹ぽちゃぽちゃよ」

 そこで小さく溜め息をついて。

「誰か一人辛いのが苦手って仲間が増えたら中をとって中辛にしちゃうのに」
 と、純子はとっても残念そうだ。

「あ、あのっ。実は私、本当は甘口派で」

 意を決して結葉ゆいはが言ったら、純子がパァッと瞳を輝かせる。

「ゆいちゃん、それ本当⁉︎」

 いきなり包丁を持ったままの手をギュッと握られて、結葉ゆいはは慌てて「純子さんっ、危ないです」と包丁を置いた。

 そうしておいて、「本当です」と言ったら、「嬉しい!」と抱きつかれた。



「じゃじゃーん」

 ゴソゴソと棚を漁った純子が手にしたものを見て結葉ゆいははキョトンとしてしまう。

「見て見て~。『カレーのお姫様』よ」

 それは子供用カレーの定番商品のルウタイプで。

「こう言う日がきた時のために用意しておいたの」

 ニコニコしながら「辛口のルウ半分、カレーのお姫様のルウ半分で作ったらきっと、中辛になると思うの♡」と言い切った純子に、結葉ゆいはは戸惑いまくり。

 しかも、「試したことあるんですか?」と聞いたら「まさかっ。今日が初めてよ♡」とか。

(きょ、今日の昼食、大丈夫かな?)
 と思った結葉ゆいはだ。 


***


完成かんせぇ~」

 にこやかに微笑む純子に、結葉ゆいはは始終振り回されっぱなしだった。

 まぁでも……所詮はカレーのルウ同士。

 味見してみたら結葉ゆいはが心配したほど変なことにはなっていなくてホッとする。

そうちゃんとおじさま、何時頃にこちらへ?」

 山波やまなみ建設のお昼休憩は一体何時からなんだろう?

 十一時半前から作り始めたキーマカレーが完成する頃には十二時半を過ぎていた。

「んっとね、今日はちょっと遅くなっちゃったから、今から公宣きみのぶさんの携帯に『もしもし』して『お昼出来ましたよ?』って連絡しようと思うの」

 どうやら公宣からそうして欲しいと頼まれていたらしい。

 いつもなら正午には食べられるように支度しておいて、十二時過ぎ頃、勝手にご主人が帰宅なさるというのがパターンなんだとか。

そうがうちでお昼食べるの、ホント久しぶりだわっ」

 そうは現場に出ていることが多いので、その近くで適当に何かを買って済ませることが多いらしい。

「一緒に住んでた頃はね、お弁当持たせてたんだけど」

 食生活が乱れていることが、母親として気になっているのだと、純子が小さく吐息を落とす。

「ゆいちゃんがうちに住むようになってくれたらきっと、あの子、しょっちゅうお昼食べに帰って来るわね~」

 サラリとそんなことを付け加えてくる純子に、結葉ゆいはは「そっ、そんなことないと思いますっ」と慌てて手を振った。

 それではまるで公宣さんと純子さん夫婦みたいだと思ってしまって……そう考えてしまったことに、にわかに恥ずかしくなったから。

 それに、そうは現場に出ていることが多いと、さっき純子自身が言っていたのだ。

「私、お世話になってる間はそうちゃんにお弁当を作ろうかなって思ってるんですけど……迷惑でしょうか」

 小さく自信なさげにつぶやいたら、純子が「まさかぁ~」とにっこり笑って。「あ、でも! それはそう本人に直接聞いてやってね?」と結葉ゆいはの手をギュッと握って小首を傾げてくる。

「そ、そうですよね。そうちゃんだもん。作られるの迷惑だったら、ちゃんとそう言ってくれますよね」

 結葉ゆいはがそんな純子に淡く微笑み返したら、「もぉ、ゆいちゃんってば分かってないなぁ」と苦笑される。

「え?」

 キョトンとする結葉ゆいはに、
「とにかくっ! そうにそのお話を持ち掛けるときは是非私のいるところでしてねっ? 私、あの子の照れるお顔が見たいのよぅ」

 言って、一人キャーキャー悶える純子に、結葉ゆいははどう対応したらいいのか分からなくて、その場に立ち尽くしていた。


「あ、ちなみにせりはね」

 固まっている結葉ゆいはを動かしたのは、何の前触れもなく始まった純子のその声で。

 どうやら純子の話によると、外部へ勤めに出ているせりは、自分で弁当を作って行ったり、会社に出入りしているお弁当屋さんのお弁当を頼むか、オフィス近くのお店に職場の人たちとランチに行くなどといった毎日らしい。

「ゆいちゃんとせりが二人仲良く台所に立ってお弁当作ってる姿、すっごく様になるわよね~、きっと。あ~ん、そっちも楽しみっ♡」

 うっとりとつぶやく純子を横目に。

 結葉ゆいはは、自分も独身のころ勤めに出ていた時は、せりみたいな感じだったなと懐かしく思い出していた。
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