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27.芹だって馬鹿じゃない
卑屈の虫
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***
スマートフォンの契約まで頼んでしまったから、想が帰ってきたのは、結局二十時半を過ぎてからだった。
想はショップから、今現在購入可能なスマートフォンの機種の〝動画〟をテレビ電話の形で芹宛に打診してきてくれた。
ショップ店員には許可をとっての撮影のようで、ちょいちょい横から店員がオススメポイントを説明する声が入る。
その通話を受けて結葉が選んだのは、価格が一番安い機種の白だった。
「結葉ちゃん、一番安いからっていう理由で選んだんじゃない、よね?」
すぐさま芹にそう言われたけれど、結葉はゆるゆると首を横に振った。
「初心者向けって説明があったから」
実際、それが本当の決め手だった。
長いことスマートフォンはもちろんのこと、普通の携帯電話からは離れていた結葉だ。
芹は問題ないと言ってくれたけれど、簡単なのに越したことはないと思って。
あとは本体自体が小さめで、片手で持つのにも適しているというのが、手の小さな自分には向いている気がしたのだ。
画面が大きい方が見やすいのかもしれないけれど、持ちにくいのは好きじゃない。
色は白、黒、青から選べたのだけれど、一番無難そうな白にしておいた。
「ピンクとかあったら結葉ちゃん!って感じがしたのにね」
芹は残念そうにつぶやいたけれど、結葉は正直何色でも良かった。
(私、また自分のスマホが持てるんだ)
もうそれだけで、ワクワクしてしまう。
芹の説明だと、Wi-Fi下にいれば、通信費もほとんどかからないらしい。
「好きな映画やドラマやアニメなんかの動画を観ても平気だからね」
言われて、ずっとそう言うのからも離れていた結葉は嬉しくて仕方がない。
「あ! そう言えばお兄ちゃんの契約だからうちの家族とは通話料無料だから。お兄ちゃんやあたしとはライン使わなくても話し放題だよっ?」
芹にニッと笑いかけられて、結葉は何だか山波家の一員にしてもらえたような気持ちになって、くすぐったくなる。
それと同時、自分の契約ではないから、無駄使いしないようにしないと、って気持ちを引き締めた。
***
「ほい、コレ、な?」
帰宅するなり想から白い小箱を差し出されて、「今日、モールにいるときに気づけば一緒に選べたのにごめんな」と頭を下げられた結葉は慌てて首を振る。
「私みたいな人間が、みんなと同じように〝普通の〟携帯が持てる日が来るだけで夢のようだよ。ありがとう、想ちゃん、芹ちゃん」
何気なく言ったら、想と芹に睨まれてしまった。
「私みたいな人間、って何だよ?」
驚いたことに、結葉の方へぱっと身を乗り出してきた芹よりも先に口を開いたのは、不動のまま結葉を見据えた想だった。
「え……?」
無意識に口から出た言葉だったから、改めてそんな風に言われると驚いてしまった結葉だ。
「お前は俺たちと何ら変わらない存在だ。そういう言い方して自分を貶めるのはやめろ。聞いてて悲しくなる」
想に低い声で諭されて、結葉は「ごめんなさい」と素直に謝った。
芹も、想の横で「うんうん」とうなずいている。
ずっと抑圧された生活をしていたから、卑屈の虫に身体の隅々まで蝕まれてしまっているのだろうか。
結葉は二人から指摘されるまで自分がそんな考えに囚われていることにすら気付けていなくて、小さく吐息を落とした。
一朝一夕にはその考え方は改められないかもしれない。
けれど、想や芹を悲しませるのならば、やめないといけない。
そう思って。
「あたしもお兄ちゃんも結葉ちゃんのこと、すごく大切に思ってるからね? それを忘れないで?」
芹にギュッと手を握られて、結葉はコクッとうなずいた。
***
「さぁ暗い話はここまでっ。それ、開けてみよ?」
芹にうながされて、結葉は想から手渡された小箱を開けてみる。
白い箱の中、白くて薄っぺらい小さなスマートフォンが、ゴトゴトと動かないようにぴっちりした枠に嵌められて鎮座ましましていた。
結葉にとっては、本当に久しぶりのキッズ用以外の携帯電話だ。
「充電、ほとんどされてねぇんだわ。とりあえずこれ、そこに繋いで充電しといて、飯食おうぜ」
壁の一角にあるコンセントを想に指さされて、結葉はコクッとうなずいた。
想から「俺のと共通だから」と渡された高速充電器に機種を繋いでふとリビングのローテーブルの上を見ると、結局全部飲み干せないままに置き去りになっていた冷えた紅茶が目について。
結葉がカップを手に取って中身を飲み干したら、芹も「もったいないもんね」と言いながら自分のを一気にお腹に流し込む。
「マグはコレ洗って使おっか?」
芹に言われて、結葉は「うん」と微笑んだ。
それを横目に見ながら、想が「飲みもんは熱い茶でいいよな?」と聞いてきて。
「戸棚ん中に玄米茶があるんだ」と言われた結葉は、胸の奥がチクンと疼いた。
(偉央さん、ちゃんとご飯食べたかな)
玄米茶は、夫が好きなお茶だったから。
結葉はどうしても偉央のことを思い出してしまう。
あんなに彼の元から逃げ出したいと思ったのに、ふとした時に偉央を思い出しては気にしてしまうのは、ああいう日々の中でも、確かに自分は偉央から愛されていたと思えるシーンが一つや二つではなく、思い浮かぶからだろう。
テーブルの上に熱いお茶がこぼれたとき、偉央は咄嗟に結葉を庇ってくれた。
あのとき彼が負った火傷は、しばらくの間偉央の腕に残っていた。
「結葉?」
棚の前で扉も開けずに固まってしまっていた結葉を見て不審に思ったんだろう。
想に声をかけられてしまう。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃってた」
言いながら慌てて戸棚を開けて茶筒を手にしたら、想が心配そうに眉根を寄せて、「俺と芹がやるからお前はあっちに座っとけ」と言われて手にしたお茶を取られてしまった。
でも確かに、結葉はこれ以上ここにいても自分は邪魔にしかならない気がしたから。
コクッとうなずくと「二人ともごめんね」とキッチンを後にした。
スマートフォンの契約まで頼んでしまったから、想が帰ってきたのは、結局二十時半を過ぎてからだった。
想はショップから、今現在購入可能なスマートフォンの機種の〝動画〟をテレビ電話の形で芹宛に打診してきてくれた。
ショップ店員には許可をとっての撮影のようで、ちょいちょい横から店員がオススメポイントを説明する声が入る。
その通話を受けて結葉が選んだのは、価格が一番安い機種の白だった。
「結葉ちゃん、一番安いからっていう理由で選んだんじゃない、よね?」
すぐさま芹にそう言われたけれど、結葉はゆるゆると首を横に振った。
「初心者向けって説明があったから」
実際、それが本当の決め手だった。
長いことスマートフォンはもちろんのこと、普通の携帯電話からは離れていた結葉だ。
芹は問題ないと言ってくれたけれど、簡単なのに越したことはないと思って。
あとは本体自体が小さめで、片手で持つのにも適しているというのが、手の小さな自分には向いている気がしたのだ。
画面が大きい方が見やすいのかもしれないけれど、持ちにくいのは好きじゃない。
色は白、黒、青から選べたのだけれど、一番無難そうな白にしておいた。
「ピンクとかあったら結葉ちゃん!って感じがしたのにね」
芹は残念そうにつぶやいたけれど、結葉は正直何色でも良かった。
(私、また自分のスマホが持てるんだ)
もうそれだけで、ワクワクしてしまう。
芹の説明だと、Wi-Fi下にいれば、通信費もほとんどかからないらしい。
「好きな映画やドラマやアニメなんかの動画を観ても平気だからね」
言われて、ずっとそう言うのからも離れていた結葉は嬉しくて仕方がない。
「あ! そう言えばお兄ちゃんの契約だからうちの家族とは通話料無料だから。お兄ちゃんやあたしとはライン使わなくても話し放題だよっ?」
芹にニッと笑いかけられて、結葉は何だか山波家の一員にしてもらえたような気持ちになって、くすぐったくなる。
それと同時、自分の契約ではないから、無駄使いしないようにしないと、って気持ちを引き締めた。
***
「ほい、コレ、な?」
帰宅するなり想から白い小箱を差し出されて、「今日、モールにいるときに気づけば一緒に選べたのにごめんな」と頭を下げられた結葉は慌てて首を振る。
「私みたいな人間が、みんなと同じように〝普通の〟携帯が持てる日が来るだけで夢のようだよ。ありがとう、想ちゃん、芹ちゃん」
何気なく言ったら、想と芹に睨まれてしまった。
「私みたいな人間、って何だよ?」
驚いたことに、結葉の方へぱっと身を乗り出してきた芹よりも先に口を開いたのは、不動のまま結葉を見据えた想だった。
「え……?」
無意識に口から出た言葉だったから、改めてそんな風に言われると驚いてしまった結葉だ。
「お前は俺たちと何ら変わらない存在だ。そういう言い方して自分を貶めるのはやめろ。聞いてて悲しくなる」
想に低い声で諭されて、結葉は「ごめんなさい」と素直に謝った。
芹も、想の横で「うんうん」とうなずいている。
ずっと抑圧された生活をしていたから、卑屈の虫に身体の隅々まで蝕まれてしまっているのだろうか。
結葉は二人から指摘されるまで自分がそんな考えに囚われていることにすら気付けていなくて、小さく吐息を落とした。
一朝一夕にはその考え方は改められないかもしれない。
けれど、想や芹を悲しませるのならば、やめないといけない。
そう思って。
「あたしもお兄ちゃんも結葉ちゃんのこと、すごく大切に思ってるからね? それを忘れないで?」
芹にギュッと手を握られて、結葉はコクッとうなずいた。
***
「さぁ暗い話はここまでっ。それ、開けてみよ?」
芹にうながされて、結葉は想から手渡された小箱を開けてみる。
白い箱の中、白くて薄っぺらい小さなスマートフォンが、ゴトゴトと動かないようにぴっちりした枠に嵌められて鎮座ましましていた。
結葉にとっては、本当に久しぶりのキッズ用以外の携帯電話だ。
「充電、ほとんどされてねぇんだわ。とりあえずこれ、そこに繋いで充電しといて、飯食おうぜ」
壁の一角にあるコンセントを想に指さされて、結葉はコクッとうなずいた。
想から「俺のと共通だから」と渡された高速充電器に機種を繋いでふとリビングのローテーブルの上を見ると、結局全部飲み干せないままに置き去りになっていた冷えた紅茶が目について。
結葉がカップを手に取って中身を飲み干したら、芹も「もったいないもんね」と言いながら自分のを一気にお腹に流し込む。
「マグはコレ洗って使おっか?」
芹に言われて、結葉は「うん」と微笑んだ。
それを横目に見ながら、想が「飲みもんは熱い茶でいいよな?」と聞いてきて。
「戸棚ん中に玄米茶があるんだ」と言われた結葉は、胸の奥がチクンと疼いた。
(偉央さん、ちゃんとご飯食べたかな)
玄米茶は、夫が好きなお茶だったから。
結葉はどうしても偉央のことを思い出してしまう。
あんなに彼の元から逃げ出したいと思ったのに、ふとした時に偉央を思い出しては気にしてしまうのは、ああいう日々の中でも、確かに自分は偉央から愛されていたと思えるシーンが一つや二つではなく、思い浮かぶからだろう。
テーブルの上に熱いお茶がこぼれたとき、偉央は咄嗟に結葉を庇ってくれた。
あのとき彼が負った火傷は、しばらくの間偉央の腕に残っていた。
「結葉?」
棚の前で扉も開けずに固まってしまっていた結葉を見て不審に思ったんだろう。
想に声をかけられてしまう。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしちゃってた」
言いながら慌てて戸棚を開けて茶筒を手にしたら、想が心配そうに眉根を寄せて、「俺と芹がやるからお前はあっちに座っとけ」と言われて手にしたお茶を取られてしまった。
でも確かに、結葉はこれ以上ここにいても自分は邪魔にしかならない気がしたから。
コクッとうなずくと「二人ともごめんね」とキッチンを後にした。
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