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住処
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表面上はムスッとした顔のまま、頭の中では慌ただしくそんな葛藤を繰り返す俺に、音芽が小さな声で言ってきた。
「わざわざハル兄のところにお邪魔しなくても、うちのドア前に下ろしてくれたら、部屋の中に入るぐらい一人で大丈夫よ?」
即座に「は? なに言ってるんだ、こいつ」って思った。
かといって、「お前が怪我したの、俺のせいだろ? 責任取らせて手当ぐらいさせろよ、バカ」とは言えなくて、「お前、絶対消毒とかしなさそうだから却下」と、もっともらしい理由を告げて、音芽の言葉を無下にした。
なのに食い下がるんだよな、こういうときの音芽は。
「でも……ほら、シャワーとかで傷口きれいに流せば……」
とか言われたので、即行で「痛いとか言って丁寧にやらねぇだろ?」と返り討ちにしてやった。
俺はお前のこと、小さい頃からずっと見てきてるんだ。舐めんなよ? お前が痛みに弱くてそういうの、手を抜いちゃあ、あとで余計に痛い思いする羽目になったの、何度見てきたと思ってんだよ。
それにな――。
「おばさんたちから頼まれてんだよ。お前のこと」
でなきゃ、こんな面倒なこと誰が……と本心とは裏腹な言葉をぶつくさ言いながら、俺は当初の予定通り、まんまと音芽を自室へ連れ込んだ。
***
音芽をリビングのソファに座らせると、俺は救急箱を手に彼女の傍らにひざまずく。
その際に、何気なく音芽の顔を見上げたら何故か瞳を潤ませて照れている風に見えて。
ちょっ、待っ。
そんな反応されたら俺まで緊張するだろっ。
俺は動揺を悟られないように努めて淡々と手当てを開始する。
しかし、スカートを少し避けて音芽の傷口を見た俺は、思いのほかそこに砂が入り込んでいるのを見て息が詰まりそうになった。
「砂、すげぇ入り込んでるな」
よりによって何でこんなっ!って思ったら、思わず音芽の足をギュッと掴んで傷口に顔を寄せていた。
これ、絶対砂をちゃんと取り除いておかないと、傷口が塞がったとき、綺麗に治らないやつ。
どころか、下手すると膿むな。
そう思った俺は、心を鬼にすることにした。
可愛い音芽のためだ。少しぐらい恨まれても構わねぇ。
音芽が俺の決心を感じ取ったのか、いきなり足を引こうとしてきて。
「あ、あっ、あのっ、温和っ。わたっ、私っ、自分で洗って……くる、からっ」
悪いが、いくら可愛いお前でも、それは聞いてやれねぇよ。
砂が入ったまま傷口が塞がったら大変だろ?
「だから……お前は自分で洗わせたら、絶対痛くて手加減するから却下だってさっきから言ってんだろ」
昔からそうじゃねぇか、と付け加えたら、何故か音芽がどこか嬉しそうに「心配……して、くれてる、の?」と恐る恐る聞いてきて。
その途端、俺は彼女に心を見透かされたみたいな気がして恥ずかしくなる。
「バカか。俺の目の前で転ばれて、手当てが微妙でそれが悪化したとか言われたら寝覚め悪《わり》ぃだけだ」
照れ隠しに不機嫌そうにそう言ったら「そうですよね」ってしゅんとするの、ホント、やめてもらえねぇかな?
触れたくなる衝動、抑えるの大変だって分かってんのかよ、こいつ。
しゅんとしている音芽を見ていたら、抱きしめたくて堪らなくなって、でもそんな事したら好きだってバレて最悪避けられるかもって思ったら、代わりに強引に腕を引っ張り上げていた。
「えっ、えっ?」
無理矢理立たされてびっくりしたんだろう。
音芽がきょとんとする。
俺は勢いに任せて音芽を自分の腕に掴まらせると、
「風呂場行くぞ」
極めて冷静なふりをして、ぶっきらぼうにそう言い放った。
俺は今から音芽の傷を洗浄することに集中するんだ。
好きな女を風呂に連れて行く、とかいう何ともおいしすぎるシチュエーションを意識することがないように。
「わざわざハル兄のところにお邪魔しなくても、うちのドア前に下ろしてくれたら、部屋の中に入るぐらい一人で大丈夫よ?」
即座に「は? なに言ってるんだ、こいつ」って思った。
かといって、「お前が怪我したの、俺のせいだろ? 責任取らせて手当ぐらいさせろよ、バカ」とは言えなくて、「お前、絶対消毒とかしなさそうだから却下」と、もっともらしい理由を告げて、音芽の言葉を無下にした。
なのに食い下がるんだよな、こういうときの音芽は。
「でも……ほら、シャワーとかで傷口きれいに流せば……」
とか言われたので、即行で「痛いとか言って丁寧にやらねぇだろ?」と返り討ちにしてやった。
俺はお前のこと、小さい頃からずっと見てきてるんだ。舐めんなよ? お前が痛みに弱くてそういうの、手を抜いちゃあ、あとで余計に痛い思いする羽目になったの、何度見てきたと思ってんだよ。
それにな――。
「おばさんたちから頼まれてんだよ。お前のこと」
でなきゃ、こんな面倒なこと誰が……と本心とは裏腹な言葉をぶつくさ言いながら、俺は当初の予定通り、まんまと音芽を自室へ連れ込んだ。
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音芽をリビングのソファに座らせると、俺は救急箱を手に彼女の傍らにひざまずく。
その際に、何気なく音芽の顔を見上げたら何故か瞳を潤ませて照れている風に見えて。
ちょっ、待っ。
そんな反応されたら俺まで緊張するだろっ。
俺は動揺を悟られないように努めて淡々と手当てを開始する。
しかし、スカートを少し避けて音芽の傷口を見た俺は、思いのほかそこに砂が入り込んでいるのを見て息が詰まりそうになった。
「砂、すげぇ入り込んでるな」
よりによって何でこんなっ!って思ったら、思わず音芽の足をギュッと掴んで傷口に顔を寄せていた。
これ、絶対砂をちゃんと取り除いておかないと、傷口が塞がったとき、綺麗に治らないやつ。
どころか、下手すると膿むな。
そう思った俺は、心を鬼にすることにした。
可愛い音芽のためだ。少しぐらい恨まれても構わねぇ。
音芽が俺の決心を感じ取ったのか、いきなり足を引こうとしてきて。
「あ、あっ、あのっ、温和っ。わたっ、私っ、自分で洗って……くる、からっ」
悪いが、いくら可愛いお前でも、それは聞いてやれねぇよ。
砂が入ったまま傷口が塞がったら大変だろ?
「だから……お前は自分で洗わせたら、絶対痛くて手加減するから却下だってさっきから言ってんだろ」
昔からそうじゃねぇか、と付け加えたら、何故か音芽がどこか嬉しそうに「心配……して、くれてる、の?」と恐る恐る聞いてきて。
その途端、俺は彼女に心を見透かされたみたいな気がして恥ずかしくなる。
「バカか。俺の目の前で転ばれて、手当てが微妙でそれが悪化したとか言われたら寝覚め悪《わり》ぃだけだ」
照れ隠しに不機嫌そうにそう言ったら「そうですよね」ってしゅんとするの、ホント、やめてもらえねぇかな?
触れたくなる衝動、抑えるの大変だって分かってんのかよ、こいつ。
しゅんとしている音芽を見ていたら、抱きしめたくて堪らなくなって、でもそんな事したら好きだってバレて最悪避けられるかもって思ったら、代わりに強引に腕を引っ張り上げていた。
「えっ、えっ?」
無理矢理立たされてびっくりしたんだろう。
音芽がきょとんとする。
俺は勢いに任せて音芽を自分の腕に掴まらせると、
「風呂場行くぞ」
極めて冷静なふりをして、ぶっきらぼうにそう言い放った。
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