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この味、覚えてる!

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 父親には病院に行けば会えるけれど、母親は下手をすると本当に捕まらなくて。

 携帯に掛けてみても留守電になることが多くて、声が聞きたい時にも、一向に捕まらない母親だったのだそうだ。


「まぁ、俺には幼い頃から母親のように接してくれた八千代さんが居てくれたからね。実際はそんなに不便も感じなかったし、寂しいと思ったこともなかったんだけれど――」

 それでも何処かに母親が「いる」と思えるから耐えられた寂しさだった気がするんだ、と頼綱よりつなは言った。


「その母親がね、とうとう他所よその男と恋に落ちたとかで――。父と離婚することになってね」

 それが丁度、頼綱が中3の頃。高校受験を意識しなければならない時期と重なったのだという。


 母親のことを薄情なひとだと思ったのと同時に、じゃあ自分が幼い花々里わたしにしている興味本位で自分勝手な行為はどうなんだろう?と考えるようになってしまったらしい。


 最初は、幼くして父親を亡くした幼な子への軽い同情から。
 次は子犬のように自分に懐く小さな女の子への純粋な好奇心から。


「俺はね、きっと自分の中の満たされない思いを、キミに向けることである程度バランスを取っていたんだ」


 頼綱よりつなの母親は、彼をかえりみず、外に愛情を求めてしまったけれど、自分の目の前にいるこの女の子は、ただ直向ひたむきに自分(が持ってくるお菓子)を待っていてくれる。


 それが、頼綱にとって救いであると同時に、重いかせになっていったらしい。


「正直、俺の事情にキミを巻き込んではいけないって思ったんだ」


 結局母親はそれっきり御神本みきもと家には帰って来なかったし、父親も頼綱よりつなのことを八千代さんに任せて一層家に寄り付かなくなった。


「父親がね、病院の近くにマンションを買ったのもちょうどその頃だよ」

 一人息子の頼綱よりつなに、この広い家と八千代さんご夫妻を残して、頼綱のお父様も屋敷ここを出て行ってしまったらしい。


「まぁ、それでも子供の頃からそんな感じだったし……別に不便には思わなかったんだけどね」

 父親は罪悪感からか、お金だけは潤沢に工面してくれたから。

 八千代さんもいるし、頼綱よりつなは何不自由なく高校時代を過ごし、大学も家から通える夏が丘医科大学の医学部へ進学して。

 そうして今に至ったらしい。


「正直俺は自分のことに一杯一杯だったんだと思うんだよ」

 かろうじて村陰おかあさんとお互いの――というより主に花々里わたしの――近況報告のやり取りだけは細々と続けていたんだとか。


「八千代さんもせっかくのご縁を断ち切るべきじゃないと言うし……村陰むらかげさんには花々里かがりには俺のことを話さない、という条件で色々話していたんだ」

 私の前から何も言わずに姿を消した自分が、今更出しゃばるのも気が引けたのだと頼綱は淡く笑ったけれど。

村陰むらかげさんが倒れられたとあっちゃあ無視は出来ないだろう?」

 結果として、それが良い転機になったんだけどね、と頼綱が私の肩をそっと引き寄せた。



「頼綱……もう2度と私のことを置いて……突然居なくなったり、しない?」


 頼綱の温もりを肩に感じながらギュッと両手のこぶしを握りしめてそう問いかけたら、「離せと言われても離せそうにないね」と肩を抱く手に力を込められた。
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