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一線を越える覚悟
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あの後、洋食屋さんで夕飯を食べた私たちは、今、修太郎さんのマンションにいます。
「夕方に一旦帰宅して窓を開けて出てたんですけど、やはり空気がこもっていて暑いですね」
修太郎さんのお部屋は九階にありますので、窓を全開にして出かけても問題ないのでしょうか。平家住まいの私にはイマイチよく分かりません。
エアコンのスイッチを入れて、次々に窓を閉めていかれる修太郎さんに倣って、いくつかの窓を閉めながら、そんなことを考えてしまいました。
クーラーの冷気で涼しくなってきた部屋の片隅で、修太郎さんに運んでいただいた荷物を整理していたら、
「お風呂もすぐに入れますが、先に入られますか?」
何でもないことのようにそう問いかけられました。
「あ。いえ、実は出がけにもう入ってきたので、私は大丈夫です」
言うと、修太郎さんが一瞬驚いたように動きを止められたのが分かりました。
「――?」
きょとんとしてそんな彼を見上げたら、「道理でいい香りがなさると――。それで……それは……その、僕と一線を越える覚悟をご自宅でなさっていらしたということでしょうか? すみません、気づかずにたくさん寄り道をしてしまいました」と言われてしまって。
「え?」
修太郎さんのお言葉の意味をはかりかねてそう声に出したら、「そういうことを念頭に置かれてお風呂を済ませていらしたのでは?」と畳み掛けられました。
一線? そういうこと?
修太郎さんの言葉を頭の中で繰り返してから、やっとその意味に気付いた私は、顔から火が出そうになりました。
私、初めてを前にソワソワと禊を済ませてきたと思われてるみたいですっ。
「――あ、あのっ。ち、違いますっ。こちらでお風呂をお借りするのが何だか恥ずかしいと思ってしまって……それで家で入っただけでっ……。だから私、修太郎さんと、その……し、しちゃうこととか考えたりしてないですっ」
多分、今の私、耳まで真っ赤です。
自宅で入浴を済ませようとした際、お母様が驚いたお顔をなさったのを思い出しました。
もしかしたらあの折のお母様も、今の修太郎さんと同じことを考えていらしたのでしょうか。
(お母様、誤解ですっ。あーん。恥ずかしすぎますっ)
あの時に戻れるものなら、私、迷わずお風呂に入るの、やめておきます。
「……ねぇ、日織」
瞬間、修太郎さんが身に纏われた空気が変わったように感じました。
彼から低いお声で呼びかけられた途端、私の身体は金縛りにでもかかったように身動き出来なくなりました。
「――本気で、その気はないと?」
どこか抑揚を感じさせない修太郎さんの口調に、恐る恐る彼の方を見つめると、修太郎さんが私の横に跪いていらして。
「僕の家に泊まりにいらしてるのに……そういうことを考えないなんて……有り得ませんよね? それとももしかして、あの約束をお忘れですか?」
すぐ真横から、耳に息のかかる距離で声を吹き込まれました。
「夕方に一旦帰宅して窓を開けて出てたんですけど、やはり空気がこもっていて暑いですね」
修太郎さんのお部屋は九階にありますので、窓を全開にして出かけても問題ないのでしょうか。平家住まいの私にはイマイチよく分かりません。
エアコンのスイッチを入れて、次々に窓を閉めていかれる修太郎さんに倣って、いくつかの窓を閉めながら、そんなことを考えてしまいました。
クーラーの冷気で涼しくなってきた部屋の片隅で、修太郎さんに運んでいただいた荷物を整理していたら、
「お風呂もすぐに入れますが、先に入られますか?」
何でもないことのようにそう問いかけられました。
「あ。いえ、実は出がけにもう入ってきたので、私は大丈夫です」
言うと、修太郎さんが一瞬驚いたように動きを止められたのが分かりました。
「――?」
きょとんとしてそんな彼を見上げたら、「道理でいい香りがなさると――。それで……それは……その、僕と一線を越える覚悟をご自宅でなさっていらしたということでしょうか? すみません、気づかずにたくさん寄り道をしてしまいました」と言われてしまって。
「え?」
修太郎さんのお言葉の意味をはかりかねてそう声に出したら、「そういうことを念頭に置かれてお風呂を済ませていらしたのでは?」と畳み掛けられました。
一線? そういうこと?
修太郎さんの言葉を頭の中で繰り返してから、やっとその意味に気付いた私は、顔から火が出そうになりました。
私、初めてを前にソワソワと禊を済ませてきたと思われてるみたいですっ。
「――あ、あのっ。ち、違いますっ。こちらでお風呂をお借りするのが何だか恥ずかしいと思ってしまって……それで家で入っただけでっ……。だから私、修太郎さんと、その……し、しちゃうこととか考えたりしてないですっ」
多分、今の私、耳まで真っ赤です。
自宅で入浴を済ませようとした際、お母様が驚いたお顔をなさったのを思い出しました。
もしかしたらあの折のお母様も、今の修太郎さんと同じことを考えていらしたのでしょうか。
(お母様、誤解ですっ。あーん。恥ずかしすぎますっ)
あの時に戻れるものなら、私、迷わずお風呂に入るの、やめておきます。
「……ねぇ、日織」
瞬間、修太郎さんが身に纏われた空気が変わったように感じました。
彼から低いお声で呼びかけられた途端、私の身体は金縛りにでもかかったように身動き出来なくなりました。
「――本気で、その気はないと?」
どこか抑揚を感じさせない修太郎さんの口調に、恐る恐る彼の方を見つめると、修太郎さんが私の横に跪いていらして。
「僕の家に泊まりにいらしてるのに……そういうことを考えないなんて……有り得ませんよね? それとももしかして、あの約束をお忘れですか?」
すぐ真横から、耳に息のかかる距離で声を吹き込まれました。
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