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僕は今日どうしても

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「婚姻届です。日織ひおりさんのご署名などと捺印なついんがあれば、提出できるようになっています」

 言われて、手にした紙をまじまじと見つめると、証人欄に修太郎しゅうたろうさんのお父様である「神崎かんざき天馬てんま」氏のお名前と、「藤原ふじわら日之進にちのしん」という、私のお父様の自署が並んでいて――。

「……どうしても……実は少し前から根回しさせていただいていました。……勝手にすみません」

 私がフリーズしてしまったのを見て、修太郎さんが頭をさげていらっしゃいました。

 どうしても、今日?
 その言葉が気になって、私は修太郎さんを見つめました。
「あの、今日って……」
 何か大切な日で、もしかしたら私だけそれを忘れてしまっているのでしょうか? だとしたら……まずいです。
 おろおろしながら修太郎さんのお返事を待つ私に、彼が少し申し訳なさそうなお顔をなさいました。

「今日は……僕と日織さんが初めて出会った日なんです。貴女が覚えていらっしゃらないのは当然です、お小さかったので。なので……今日にこだわるのは僕のワガママです。……その、気持ち悪くてすみません……」

 修太郎さんのその言葉を聞いて、私は少しホッとしました。それと同時に、本当に修太郎さんが私のことを大切に想って下さっているのがわかって。
「――凄く凄く嬉しいですっ! 気持ち悪くなんて、ないですっ!」
 そのことに気が付いたら、今日を逃してはいけない、と思いました。

 それなのに――。

「あ、あのっ、なのに……ごめんなさいっ。私、今、印鑑持っていないのです……」

 折角ここまで仕上がっている書類を、私のせいで完成できないことが、申し訳なく思えてしまって……。
 何だか悲しくてしゅんとしてしまいました。

 こんなにもお膳立てして頂いたのに、印鑑がないとか……不甲斐なくて泣きそうですっ。

 大人は普段から、身分証明書とともに認印みとめいんくらい持ち歩くものなのかも知れないです。私は本当に子供です。

 悔やんでも悔やみきれなくて、ボールペンをギュッと握りしめたまま涙目で修太郎さんを見つめると、
「泣かないで、日織さん。僕が言わなかったのですからなくて当然です。それに……実は何の問題もないんですよ? サプライズだとそんなこともあるかもしれないから、とお義母かあ様がお借し下さいました」
 言って、「藤原」と刻印された印鑑を手渡されました。

「身分証明書は……まだ車の免許証をお持ちでない日織さんは、マイナンバーカードを常に持ち歩くようになさっているとお義母かあ様からお聞きしていますが……もしも今ないようでしたら……近いですし、出直しましょう」
 修太郎さんから言われて、婚姻届の提出に、身分証明書が必要だと言うことを初めて知りました。私は本当に世間知らずです。
「大丈夫です。二十歳はたちになった時にお母様からアドバイスされて……以来持ち歩くようにしています」

 それにしても……。この感じからすると、私以外の皆さんは今日こういう運びになることをご存知だったのでは?と思い至りました。
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