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佳穂さん

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日織ひおりさん、俺と小さい頃に一度だけ遊んだことがあるの、覚えてますか?」

 日織さんが四つぐらいで、俺が八つぐらいの時の話です、と続けていらっしゃる。

 私は「先日両親からもその時の話をお聞きしたのですが……何となくそんなことがあったかも?くらいの記憶しかないんです、すみません」と頭を下げた。

「そっか。俺はまぁ日織さんよりは大きかったから多少覚えているんですけどね、『健二のお嫁さんになる子に会いに行くんだよ』って親から言われて、貴女に会いに行ったんです。けど俺、そんなことより外で遊びたいとかそういう気持ちの方が強くて全然気乗りしなかったんですよ。――で、貴女そっちのけでお宅の庭を駆け回ったのを覚えています」

 まぁ、幼い子供に許婚いいなずけだのなんだのいう話は荷が勝ちすぎていたんでしょうね、と健二けんじさんはお笑いになられた。

「実際日織さんも全然興味を持ってませんでしたし」

 そこで私の横に座る修太郎しゅうたろうさんをじっと見つめられると、健二さんは「こっから先は兄さんが直接話すほうがいいよね?」とおっしゃった。

 今まで一人黙々とスープを飲んでいらした修太郎さんが、健二さんの言葉に、ふとその手を止められる。


 健二さんに気を取られて気がついていなかったけれど、修太郎さんのお顔は何故か真っ赤で。

「修、太郎さん……?」

 呼びかけて彼のももにほんの少し触れたらビクッとなさった。

「あ、あの?」

(え? どうして修太郎さんはこんなに照れていらっしゃるのでしょう?)

 私にはその理由が分からなくて、健二さんと……彼の横に座っていらっしゃる佳穂かほさんを交互に見つめた。

 でもお二方ともクスクス笑うばかりで何も言ってはくださらなくて。

「修太郎、観念して告白なさいな。日織ちゃん、困ってるわよ?」

 ややして佳穂さんが後押しなさるようにそう言ってくださると、観念なさったのか、修太郎さんがはぁっと大きく息をつかれた。

 それから手にしていらしたスープスプーンをお置きになられると、私の方へ向き直られる。

 私も手にしていたパンをお皿に戻して修太郎さんの方へ身体を向けた。

「日織さん、覚えていらっしゃいますか? 小さな貴女に僕が絵本を読んで差し上げた、良く晴れた夏の日のことを」
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