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佳穂さん

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 ここを予約した際に、コース料理も一緒に頼んであったみたいで、オーダーは飲み物だけ尋ねられた。

 それらも含めてまだ何も運ばれてきていない状態だったので、修太郎しゅうたろうさんは今のうちに、と思われたのかもしれない。

「えー? こんなに景色いいのに?」

 言いながらも、佳穂かほさんはすぐにニコリと笑うと、「じゃあ健二けんじ、修太郎が座ってた側にずれて。私、健二が座ってるところがいい」と仰る。

 気持ちの切り替えが早いというか、機転がきくというか。強引さのなかにもどこか憎めないところが感じられて。

「相変わらずワガママな女だな」

 言いながら、健二さんもそれほどお嫌ではないのか、スッと席をお立ちになられた。

 結局私以外の皆さんが席を代わられて、私の左隣――窓側――に修太郎さん、その正面に佳穂さん、佳穂さんの左隣に健二さんで落ち着いた。

「言っとくけどワガママなのは私じゃなくて修太郎よ?」

 席に着くなり佳穂さんが修太郎さんを見てそう仰る。

 確かに今回のこの大移動は元を正せば修太郎さんの言葉にたんを発したわけで。
 でも、それだって考えてみたら、私の溜め息が原因だった。

「ご、ごめんなさい……」

 そう思い至って皆さんに頭を下げると、佳穂さんに笑われてしまった。

「ちょっとなんで日織ひおりちゃんが謝るのっ?」

 言いながら本当、可愛い……と付け加えられて、私はドギマギしてしまう。

「そもそも論で言うなら、僕からキミを奪い去った佳穂が悪い。日織さんは何も気にすることありませんよ?」

 修太郎さんに優しく微笑まれたことが、一層ソワソワした気持ちに拍車をかけて。

「しゅ、修太郎さん……っ」

(佳穂さんの前でそんなに私を甘やかさないで頂きたいのですっ。私、貴方にふられた時を思うと、その優しさが却って辛くなってしまうのですっ)

 私は心の中でそうつぶやいた。


***


「健二からちらりと小耳に挟んではいたけれど……聞きしに勝る溺愛できあいぶりね、修太郎。恋焦がれていた日織ひおりちゃんが手に入ったのが、そんなに嬉しい?」

 私を守るように佳穂さんを牽制けんせいした修太郎さんに、彼女がくすくす笑ってそうおっしゃる。

 私は佳穂さんのそのセリフにちょっぴり驚いてしまった。「佳穂さんを差し置いて私なんかがこんなっ。本当にごめんなさいっ」と謝ってしまいそうになって、でもそれは何だか違う気がして。

「あのっ、佳穂さんは……もしかして私が修太郎さんとお付き合いさせていただきたいと思っていることを……ご存知なんですか?」

 恐る恐るそう口を開いたら、佳穂さんが心底びっくりなさったように瞳を見開かれた。

「わ、私っ、また何か変なことを言ってしまいましたでしょうか?」

 オロオロとしながらそう言ったら、佳穂さんが健二さんと瞳を見交わして、次の瞬間「もぉー、日織ちゃんったらぁ~!」と笑い出してしまわれる。

 えっ? えっ?……とパニックになりそうな私の手を、横から修太郎さんがそっと握ってくださった。

 私は修太郎さんのお顔を見て、ほんの少し気持ちが落ち着いてくる。
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