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健二さん?

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 私のほうの許婚いいなずけ問題は、健二けんじさんと修太郎しゅうたろうさんが現れたことで、一番の難関――健二さんへの告白と謝罪――ははからずもクリアできた感じになった。

 それですっかり失念していたけれど、

(修太郎さんのほうは、きっと何ひとつ片付いておられないのですっ)

 私は修太郎さんが絡めていらっしゃる指に応える形でギュッと握っていた手指から、力を抜いた。

 こんなふうに、ルンルンで恋人つなぎをしている場合ではないと気がついたから。

(修太郎さんの手の温もりは、私だけのものじゃないのです……)

 そう思ったら、とても悲しくなった。

日織ひおりさん?」

 私が指から力を抜いたことに気付かれた修太郎さんが、気遣わしげに声を掛けていらしたけれど、私は彼のお顔をみることが出来なかった。

(きっと今、私、凄く醜い顔になってるに違いないのです……)

 修太郎さんと、親御おやごさん公認の仲なその女性が、うらやましくてたまらない。

(きっとその女性ひとは、目端めはしが利く、利発なかたに違いないのです。――私とは真逆の……)

 勝手にそんなことまで思ってしまって、自分で自分が嫌になった。


 修太郎さんが私に何か言い募ろうとなさったとき、ポォーン……という音がして、エレベーターが停止する。

 ついで、扉が大きく開いて――。

「ほら、さっさと出ますよ」

 健二さんが、微妙な空気になった私たちの背中を押すようにして、カゴの外に押し出した。

「さっきも言いましたけど、込み入った話は着席してからにしましょうよ。兄さんも……」

 そこで私の頭をくしゃりと撫でて「――日織さんも」と、おっしゃる。

 その感触にハッとして視線をあげると、目の端で修太郎さんが健二さんを睨んでおられるのが見えた。

 でも、健二さんは意に介した風もなく歩き出されたあとで。

「ほら、あそこが店の入り口ですから、二人とも急いで」

 健二さんに急かされたのをいいタイミングとばかりに、私は修太郎さんの手をスッと振りほどいて健二さんに続く。

 修太郎さんが、そんな私の後を慌てて追っていらっしゃる。その気配を感じながら、健二さんの斜め後ろに立つと、店の入り口前に椅子が五脚ほど置かれているのが見えた。

 その、左端に座っておられた方が、私たちを認めて立ち上がられて――。

 私に追いついた修太郎さんが、その人に気付いて息を飲まれたのが、分かった。

「――佳穂かほ……」

 修太郎さんが小さく吐き出すようにつぶやかれたお声は、その方のお名前らしかった。
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