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*不機嫌な修太郎さん

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「イヤッ!」

 錯乱さくらんするあまり修太郎しゅうたろうさんの手をけてしまった私に、彼は「日織ひおりさん、お願いですから僕の方を見てください」と切なげな声をお出しになった。

 途端、あんなにぐちゃぐちゃだった頭が瞬時に修太郎さんを認識して……私の世界は彼一色に染まる。
 そんな修太郎さんのことを、私は……すごくすごくズルイ、と思った。
 なんだかんだ言っても、私は大好きな修太郎さんのお願いには逆らえないのだから。

 すごすごと視線を上げて、恐る恐る彼の目を見つめたら、修太郎さんがもう一度、「本当にごめんなさい」と謝っていらっしゃった。

「……あんなことをなさるだなんて。……修太郎さんは……とても……意地悪、です」

 私はやっとの思いで修太郎さんにそれだけを言うと、さっき脱いだ時から手に持ったままだったショーツに気がついて、慌てて隠すようにてのひらの中に握りこむ。

 言いたいことを言えたからでしょうか。

 気持ちが緩んだ途端、瞳にじわりと涙が盛り上って、ポロリ……と頬を伝った。まるで揺らめく心と一緒に、涙があふれてしまったみたい。

 修太郎さんはそんな私をご覧になられて、ご自身も何故か泣きそうな……この上なく辛そうなお顔をされて。
 私の涙をぬぐうように目尻にそっと口付けてから、再度謝罪の言葉を述べていらっしゃる。

 でも、それでもどうしてもこれだけは言わないといけないという風に、
「日織さん。お願いですから今後二度と……高橋にだけは近づかないでもらえませんか?」
 そう、懇願こんがんなさった。

「――そうでないと僕は……」

 そこで一旦言葉を区切られると、下着を持ったままの私の手をそっと包み込んで、「――そうでないと僕は……嫉妬でまた同じことをしてしまいそうで怖いんです」と、とても苦しそうに心情を吐露なさる。

 私は、修太郎さんがどうしてそんなに高橋さんのことを警戒されるのかが理解できなくて、苦しげな表情をなさる彼を、思わずじっと見つめてしまう。

 でも、修太郎さんにそう言われて思い返してみると、今までも彼は私が高橋さんと二人きりで話したりしていると、邪魔をなさりにいらしていたことに思い至って――。

 私自身、お話がしやすいからと高橋さんに頼りすぎていたことを反省する。
 あれでは修太郎さんを不安にさせて当然な気がした。

(でも、修太郎さん、それは誤解なのですっ)

「修太郎さん、高橋さんは私に許婚いいなずけがいることをご存知です。……それに、それを差し引いても……彼は私のことを妹ぐらいにしか思っていらっしゃらないと思います……」

 高橋さんには妹さんがお二人いらっしゃるらしくて……と続けようとしたら、ギュッと抱きしめられてその先の言葉を封じられてしまう。

「例えそうだとしても……。僕が、嫌なんです」

 私を強く抱きしめたまま、しぼり出すようにそうおっしゃる修太郎さんの声は小さく震えていらして。
 それに気付いた私は、思わず彼の背中に腕を回して抱きしめ返すと、「分かりました」とお答えしてしまっていた。

 下心など微塵みじんも感じさせない、とても優しい高橋さんには申し訳ないけれど、私にとっては修太郎さんのほうが大切で……。その彼を苦しませてしまうというのなら、そうならないようにつとめたい。
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