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*キスのレッスン

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 お手洗いを終えて 廊下に出ると、その気配を察して下さったのか、すぐに塚田つかださんがいらっしゃる。

 トイレに行った時みたいに壁伝いに歩けば、身動きが取れないわけでもなかったので、わざわざ塚田さんのお手をわずらわせてしまうことに恐縮してしまう。
 それでも手を差し伸べてくださるのを無下むげにもできず、私は恐る恐る塚田さんの手をつかんだ。

「歩けますか?」
 問われるままにうなずくと、塚田さんは私の肩を抱くようにしてしっかり支えてくださった。

「しゅみません……」
 言えば、「むしろ大歓迎です」と笑顔を向けられる。

 私はそのお顔にはやっぱり勝てなくて、どうしてもドキドキしてしまう。

 そのままリビングまで一緒に歩いてから、私は塚田さんにうながされるままに フカフカのソファに座った。

 腰を下ろした途端、思いのほか身体が包み込まれるように沈んだことに驚いた。

「ひゃっ」
 と言う声とともに身体がぐらりと傾いて、あ、寝転んじゃう!と思ったら、塚田さんに抱きとめられた。

「大丈夫ですか?」
 塚田さんは片膝かたひざをソファについて、片手で私の頭を抱き、背もたれに腕を掛ける形で体勢を保っておられて。

 必然的に目の前に彼の顔が来て、私はあまりの近さに恥ずかしくなって思わず視線をそらす。

「……日織ひおりさん」

 と、塚田さんが藤原ふじわらさん、ではなく日織さん、と私を下の名前を呼んでいらして――。
 その切なげな声に、私はびっくりして、思わず塚田さんを見る。

 途端、すぐ眼前に迫っていた塚田さんの瞳と、バッチリ視線が絡みあって、余りの近さに縫いとめられたように目線をかわすことができなくなってしまう。

「つ、塚田つかりゃさん……?」
 互いの吐息が混ざり合いそうなほどの至近距離、熱のこもった視線でじっと絡め取られて、私は彼の熱に当てられたように目端めはしが潤んでくるのを感じた。

「どうか……修太郎しゅうたろう、と」
 そう言われた時にはお互いの唇が触れ合いそうに近くて。

 眼鏡を外して、ソファについた方の手に握りながら告げられた、塚田さんの懇願こんがんするような声音。私はその声と視線に、半ば操られるように「しゅー、たろ、さん……」と口にしてしまっていた。
 そのことが余りに照れくさくて、恥ずかしさから逃げるように、思わずギュッと目をつぶる。

 許婚いいなずけのある身でありながら、未来の夫以外の異性の名を呼んで照れてしまうなんて、私は貞淑ていしゅくな妻失格だ。

 こんなことでは、健二けんじさんから婚約破棄を言い渡されても仕方がない、と思った。

 いや、むしろそうなってくれたなら。

 そんなことを思い描いてしまう自分が凄く怖かった。
 でも、心の片隅で、このまま塚田さんとどうにかなってしまえたら、とも願ってしまって――。
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