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健二さんとの電話

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 私の心配をよそに、両親に確認を取ると、係長の誘いならば行って来なさい、と言われてしまった。
 あまりにあっさり許可されてしまったので、ふと不安になった私は、「健二さんに確認は取らなくてもいいのでしょうか?」と問いかけた。
 これにはさすがに思うところがあったのか、お父様がすぐに先方へ電話をかける。

 電話口で神崎家のどなたかと二言三言かわした後、私に手招きをして保留にした電話を手渡される。

「健二くんに繋がっている。歓迎会の件は自分でお話しなさい」

 今まで健二さんと直接コンタクトを取るようなことはなかったので、今回もそうだと勝手に思ってしまっていた。
 何の心の準備もないままに、いきなり健二さんと話すように言われた私は、正直とても戸惑ってしまった。

 でも、こんな風に未来の夫と話せる機会には今まで恵まれなかったので、自分の心と向き合う意味でもいい機会になるかも知れない、と思い直す。

 私はお父様から受話器を受け取ると、すぅっと深く深呼吸をしてから、受話口を耳に当てて保留を解除する。

「もしもし……?」
 恐る恐る呼びかけたら、緊張のためか声が少し震えてしまった。

『こんばんは、日織ひおりさん。もしかして緊張していますか?』
 受話器越しに、ふっと笑う声が聞こえてくる。
「も、物心ついてから健二さんとちゃんとお話するの、初めてなので……その、き、緊張しています。すみ、ません」
 しどろもどろに言えば、やはりクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 私同様、こんな風にお話するのは初めてのはずなのに、健二さんはやけに落ち着いておられた。
 それが、何だかとても悔しくて――。
 たぶん、私が温室育ちで、彼とは経験値に差があり過ぎるんだろう。

 健二さんが、外に出て世間にもまれる事を、私との結婚の条件としたのも、当たり前だと思った。

 結局、私は本題を伝えるのに必死で、せっかく健二さんと初めて会話できていると言うのに、近況報告やこちらの思いなど、何ひとつ話すことができなかった。
 ただ、健二さんも、私の言葉に相槌を打つばかりで、御自身のことをお話してはくださらなかったので、この件に関してはおあいこかな?と思う。

 歓迎会に行ってもいいかどうかを問いかけた私に、健二さんは、
『貴女が行きたいと思うなら行くべきです。でも、嫌ならちゃんとお断りしてください。俺は日織ひおりさんの意思を尊重します』
 とだけ答えてくれた。
 それは投げやりな感じの言い方ではなくて……本当に私自身に決断を委ねてくださっているのが分かる口調だったので、私は素直にうなずくことが出来た。

「では、せっかくなので行って来たいと思います」
 深呼吸をしてそう言うと、『分かりました。行くからには目一杯楽しんで。係長さんによろしく』と返事があった。

 通話を終えてからも、しばらくの間、私は何だか茫然自失状態だった。

 父や母の口から許婚だの、結婚相手の名前は神崎健二さんだの聞かされても、今まではまるで小説か何かの登場人物のようにふわふわとした絵空事の中の単語のように感じていた。

 それが、今、健二さんと初めて電話で話したことで許婚というものが、いよいよ現実の存在として認識された気がして――。

(……でも不思議。健二さん、何だか初めてお話した気がしなかった……)

 耳に、今も残っている彼の声と、喋り方。
 それが、何だか誰かに似ているような気がして、でもそれが誰なのか思い出せなくて……私はしばらくの間ぼんやりと電話の前に座っていた。


「日織」
 お父様に、ポン……と肩を叩かれて、ハッと我にかえる。

「また、ぼんやりしていたのか?」
 やけに長い電話に様子を見に来たらしい父が、呆れ顔でいう。

「あの……お父様。私、今までに健二さんとお話したこと、ありますか?」
 思い切って聞いてみたら「幼い頃に彼の兄上も交えて逢っているだろう?」と言われた。
「健二さんの……お兄様?」
 ぼんやりと問えば、父は静かにうなずいた。
「日織は兄上にひどく懐いてお兄ちゃん大好き!と付き歩いていたぞ?」

 ダメ。全然記憶にない――。

 健二さんのことも覚えていないのだから、無理はないのかも知れないけれど、何となく忘れてはいけないことを忘れてしまっているような、モヤモヤとした気持ちが胸の中にわだかまった。

 もしかしたら……健二さんの声に聞き覚えを感じてしまったのは、心の奥底で眠っている、彼のお兄様とリンクしてのことかも知れない。

 そう、思った。 
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