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■僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』

キミしか見えない僕なのに2

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***

 相手は葵咲きさきちゃんと同じぐらいの背格好、同じぐらいの髪の長さ、同じような黒髪の、年上の女性だった。


 大学に入ってすぐの頃、街を歩いていてナンパされて――。

 行きずりの女性だからお互い名前も知らない、そんな相手。

 「僕、童貞ですよ? きっと期待には添えませんけど?」って冷ややかに言ったら「私がリードしてあげるから平気よ」って言われたんだ。

 僕自身、葵咲ちゃんと真っさらな状態での初めては不安だと思っていたし……そもそもどこかで一度“練習”くらいはって思ってて。

 相手が処女じゃないなら色々教えてもらえて便利かな?とか打算的なことを考えてしまった。

 何よりその女性ひとは、後ろから見ると葵咲ちゃんに見えないこともなかったから僕にとってこの上なくで。

「申し訳ないんですが僕、後背位うしろからしか無理だと思います。あと、声を出さないでもらえるなら――」

 今考えると無茶苦茶酷い注文だ。

 正直な話、僕は葵咲ちゃん以外、本当にどうでもいいと思っている節があって。

 大人になった今は大分善処できるようになったけど……社会に出るまではそれが顕著だった。

「――無理、ですよね」

 クスッと笑って、僕はきびすを返した。

 普通ここまで言われたらどんな相手だって怒って帰るだろう?

 実際のところ、僕は練習できたらラッキーと思う自分と、でもそれは葵咲ちゃんを裏切る行為だからやめとけよと躊躇ためらう自分との間で揺れ動いていた。


「――構わないわ」

 だから、彼女が背中を向けて歩き出した僕の肩を掴んでそう言ってきた時、驚きの余り思わず「え?」と聞き返してしまった。

「……貴女、バカなんですか?」

 ややしてその言葉の意味を理解して、そう言って溜め息をついたら「馬鹿正直に好きな子の身代わりとしてなら抱いてやってもいいとかいう、変に強気なドーテー君よりマシだと思うけど?」って意味深に笑われた。


***


 結局その彼女から、僕はたくさんのことを教えてもらったんだ。

 最初に僕がお願いした通り、彼女は枕に顔を押し当てるようにして声をほとんど出さなかったし、僕も彼女の顔を見ながら抱くことは一切しなかった。

 それでも女性の身体のこと、どこをどうすれば反応してくれるのか、なんかは彼女との経験なくしては僕には知るよしもなかったことばかりだった。


 葵咲きさきちゃんとの初めてがスムーズにいったのは、その初体験があったからだと断言できる。


 でも、それはあくまでも僕の勝手な言い分なんだよね。

 もしも逆の立場だったなら……ぎこちなくてもいいからそういうことをしないでいて欲しかったと思うのが普通なのかもしれない。


 僕はあの時、どうしてそういう風に思えなかったんだろう。


 やっぱり僕が見栄っ張りだったから、だろうな。

 葵咲ちゃんの前で恥をかけないと思ってしまうような、ちっぽけな男。

 葵咲ちゃんが僕の自尊心のせいで傷ついてしまったんだとしたら、どう取り繕ったって僕が全面的に悪い。

 どうやったら、僕は葵咲ちゃんに許してもらえるだろうか。
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