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許して欲しい

挨拶

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 僕の言葉に、葵咲きさきちゃんの瞳が大きく見開かれる。
「いいの、かな?」
 良いも悪いも、一体誰の許しが要るというのだろう?
「いいに、決まってんだろ」
 僕が太鼓判を押しても、葵咲ちゃんは不安そうな顔のまま。
「葵咲は誰の許可がいると思ってるの?」
 問えば、自分の家族と、僕の家族だと。
 自分たちのことを兄妹きょうだいのようにしか思っていない彼らをだますように付き合うのは嫌なのだと、そう言ってうつむいた。
「今日だって……お母さんとおばあちゃん、二人して理人りひとが一緒なら大丈夫って言ったの。理人がいるなら遅くなっても安心だって。それって……私たちの間には何も間違いなんて起こりっこないって思ってるからじゃ……ないの?」
 確かに僕が電話した時も、葵咲ちゃんのお母さんから似たようなことを言われた。
 その時はその言葉に一瞬罪悪感に似たものを感じたけれど、そんなことすぐに忘れてしまっていた。
 でも律儀な性格の葵咲ちゃんは違ったんだ。
「じゃあさ、葵咲。そこをクリアしたら……何も問題はないわけだね?」

***
 
 あの夜から直近の日曜日。
 僕は葵咲ちゃんに、「日曜にご両親に会いに行きたい。ご予定をうかがってみて」と伝えてそのつもりで仕事なども段取りをつけた。
 眼科にも行って、コンタクトレンズも調達済みだ。ついでに黒縁の伊達眼鏡も。
 仕事でもいつもスーツだから、取り立ててビシッと決めた感はなかったけれど、考えてみればこの格好で丸山家にお邪魔するのは初めてかもしれない。
 スーツ姿に伊達眼鏡。わざわざ必要のない眼鏡をかけているところに何となく武装した感がある。
 ここへ来る前に、街に出てケーキも買ってきた。葵咲ちゃんが子どもの頃から大好きなお店――アンジェリィク――の、苺たっぷりの生クリームケーキ。
 ホールで買うかショートで買うかを迷って、先方が切り分ける手間を考えてショートケーキを五つにした。

***

 約束の時間は十三時。
 その三分前にチャイムを鳴らすと、葵咲ちゃんのご両親、おばあちゃん、葵咲ちゃん……家族総出で出迎えてくれた。こんなことも初めてだ。
「これ、葵咲ちゃんが好きなアンジェリィクのケーキです」
 玄関に通されてすぐ、手にしていた箱をおばさんに手渡す。
「まぁ、理人くん。今日は何事? スーツ着てお土産まで」
 今までこんなことしたことないんだから当たり前といえば当たり前の反応だ。正直言うと、やっている僕自身も恥ずかしい。
 眼鏡をかけているのを見せるのも初めてだから、丸山家の面々の表情が少し引き締まった気がした。
 葵咲ちゃんの方をちらりと見ると、僕の眼鏡姿に少し驚いた風だったけれど、いつかのように不自然に顔を背けるようなこともなくて。
(うん、大丈夫だ)
 僕に、今までずっと抱えていたものを話してくれたことで、少し楽になったんだろう。
 
「まぁ、玄関先で立ち話も何だし、入ってもらえ」
 今まで黙って僕とおばさんのやり取りを見ていたおじさんが、何かを察したようにそう言ってくれた。
 男同士、何となく通じるものがあるのかもしれない。


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