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葵咲の記憶

額の傷

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 葵咲ちゃんは僕に熱がないか確認したかったのか、僕の額にかかる前髪を少しかき上げてから、そこでハッとしたように動きを止めた。
「……?」
 よく見えない目をすがめて、思いのほかすぐ傍にある彼女の顔を見つめ返すと、「傷、大きいね」と申し訳なさそうにつぶやかれた。
「ごめんね理人りひと。……これ、絶対痛かったよね」

 葵咲きさきちゃんの指先が、僕の額の傷跡を恐る恐るたどる。
 その仕草が優しくてくすぐったくて、僕は何だか変な気分になる。

 包帯こそ取れたけれど、僕のおでこにはまだ縫った跡が生々しく残っている。

 先日、仕事の合間を縫って何とか抜糸だけはしてもらった。そのときに医者から傷自体は半年ほどかけてゆっくり目立たなくなっていくと説明を受けた。
 ゆくゆくは殆ど見えなくなりますよ、と太鼓判を押されたけれど、さすがに今はまだかなり目立つ。

 忙しくて髪を切りに行けなかったのと、このところの眼鏡生活とで、周りからの視線が比較的傷にいかないようになっていたから、僕自身この傷のことをすっかり失念していた。

迂闊うかつだった!)

 傷を一番見せたらいけない相手に見せて……心配させてしまっている。

「大丈夫だよ。そのうち消えるみたいだし」
 額に触れる葵咲きさきちゃんの手を両手でそっと包み込むと、僕はなるべく軽い調子で言葉を続ける。
「葵咲が怪我をしなかった代価がこれなんだとしたら、僕にとってこの傷は勲章くんしょうだ。――それに、こうすれば……」

 いい加減、葵咲ちゃんの表情が見えないのがしんどい。辛そうな顔じゃないといいな。そう願いながら、僕は左手で葵咲ちゃんの手を握ったまま、右手で手元に置いてある眼鏡を手にとった。
 それをもう一度かけ直しながら
「ほら、傷なんて気にならないくらい、いい男だろ?」
 眼鏡のまま、彼女の顔を見据えて笑ってみせる。

 途端真っ赤な顔をして葵咲ちゃんが僕から身を引こうとした。でも、僕はそれを許さなかった。依然彼女の手を握ったまま。
「葵咲、僕を見ろ」
 今までは彼女がうつむくことや目線を合わせないことを容認してきたけれど、今回だけはそれを許してやらない。
「視線も逸らすな」
 顔を背けられないなら、と視線を逃がそうとした彼女が、僕の言葉に一瞬怯えたような顔をした。でも、すぐに観念したように僕の指示に従って、おずおずと僕のほうを見る。
 頬をしゅに染めて、ともすると涙をこぼしてしまいそうに潤んだ瞳で僕を見つめる葵咲ちゃんは、艶めいていて本当に綺麗だ。
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