【完結】【R18】つべこべ言わずに僕に惚れろよ

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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退院

後悔先に立たず

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 目が覚めてから退院まではあっという間だった。
 幸い、頭を打ったことで心配された脳の損傷などもなく、経過は極めて順調で。
 眠っている間に額を十針ほど縫われたらしいけれど、位置が割と上のほうで髪の毛に隠れるし、傷の大きさ自体も三.五センチ程度でそんなには目立たない、と医師から説明を受けた。
 僕は女の子じゃないから、顔に傷が出来たところでそんなに気にすることではない。

 傷口を大仰なガーゼと包帯に覆われた自分の顔を見て、怪我をしたのが葵咲きさきちゃんでなくて良かった、と心底思う。

 もしあの時、彼女が僕のような目に遭っていたら……。
 そう考えるだけで、僕は恐怖に足がすくんだ。

***

 明日退院できると言うことになった日。
 一人じゃ大変だろうし、迎えに来ると言ってくれた両親に、「子供じゃないんだから大丈夫だよ」と告げて、僕は彼らの厚意をやんわりと辞退した。
 そうしながら頭の片隅では、葵咲ちゃんが来てくれたらいいなぁとか思っていたんだから酷い息子だと思う。

 結局目が覚めてからはバタバタして、彼女とマトモに話せず終いになってしまっていたんだから仕方ない。

 もし仮に退院のときに会えなかったとしても、どこかで時間を作ろう。

 そう思っていた。

 なのに……!

***

 肝心な退院当日、葵咲きさきちゃんよりも先に僕に会いに来たのは大学の学園長だった。

 彼は「池本さん、お怪我までされているのに大変恐縮なんですが」と前置きしつつ、それでもそのあとに切々と語られたのは地震後の大学図書館の惨状と、「だからなるべく早く復旧に当たってほしい」と、そういう話だった。
 大学から給料を貰っている身としては、雇い主から直々にこんな風に言われてしまっては断れようはずもない――。
 一職員の、しかも入院先の病院にまで来るくらいなのだから、学園長の困窮ぶりも窺えるし。

 実はあの地震の日以来、僕のスマホは行方不明のままだった。
 単に電話しても繋がらないから、業を煮やして会いにざるを得なかっただけかもしれないのだけれど。

 そんな事を寸の間逡巡して、僕は迷いつつも「一旦自宅に戻ったあとになりますが」と前置きをしてから、後ほど図書館に向かう旨を確約してしまった。

 しながら、何してんだ僕は……と思った。

 実は、昨日、葵咲きさきちゃんから僕の退院に付き添いたい旨の打診があった。僕はそれに対して一も二もなくOKを出したのだ。

 現在スマホがない僕は、苦肉の策でかかってくるものに関しては病院に電話してもらって取り次いでもらうようにしていた。逆に、僕から連絡する場合は公衆電話から。
 携帯がないのはこんなに不便だったのかと、たった数日なのに身につまされる思いだった。
 葵咲ちゃんへの連絡ひとつ取っても不便きわまりない。
 昨日、葵咲ちゃんには「11時頃には出られるみたいだからそのくらいに」と答えていたんだけど、僕は学園長の訪問後、公衆電話から彼女に電話をかける羽目になった。
 事情を話して「ごめんね。そんなことで、今日はゆっくりできそうにないんだ」と謝ってから、「だから今日は無理してこなくても大丈夫だよ」と付け加える。
 が、彼女はそれでも行く、と言って聞かなくて。
 退院予定時刻より1時間ばかり早い10時過ぎには彼女は僕の病室にやって来て「家まで意地でも付き添う」と譲らなかった。

 それでも二人で乗り込んだタクシーの中でも、何なら僕のアパートについてからも、彼女は始終ムスッとして無言のままで。
 移動中の車内でどうにかこうにか二言三言交わした言葉から察するに、葵咲ちゃんは僕に無理をさせようとする学園長に強い憤りを覚えているらしい。
 そして、そんな無茶苦茶な申し出に、文句ひとつ言わずに従う僕にも。

 唇をへの字にして壁を作る彼女に、僕も何となく声がかけづらくて。
 折角会えたというのに何の進展もないままにさよならしてしまった。

 後から思うと、その時の意気地のない自分の態度は、本当にバカだったな、と後悔することになる。




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