【完結】【R15】龍神様の贄乙女

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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(6)仮初の逆鱗

こんな俺でも

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『――そう。父様ととさまはあの里を失くしてしまいたいのですね?』

 薄れゆく意識の中、不意に身体を優しく包み込まれる気配がして、ふっと呼吸が楽になる。
 それと同時、せせらぎのように澄んだ声音が辰の脳内に直接響いてきた。

『ああ、そうだな。俺の大事な者を二度までも殺そうとした罪は重い。消してしまえたらすっきりするだろうよ』

 一度ならず二度までも。彼らは悪びれもせず自分達の安心のためだけに山女を贄に差し出してきたのだ。

(そんな腐った里など、なくなってしまえばいい)

 さして深く考えもせず直情的にそう思ったと同時――。

『あの里は父様ととさま逆鱗げきりんに触れたのですね? 分かりました。では、わたくしの誕生とともに力を失った父様ととさまの代わり。なぎがその願い、叶えて差し上げましょう』

 そんな声がして――。

 辰は思わず『駄目だ、なぎ!』と声の主に手を伸ばしていた。

 天候が大荒れになるたび、腕へ抱いた卵に辰はいつからかその天候とは真逆の願いを込めて〝凪〟と呼び掛けるようになっていた。

 生まれたばかりの龍女は、その名を名乗って父親の願いを聞き届けたと伝えてきた。

 だが、辰がその名に込めた願いとは裏腹。
 凪は辰を川の外へ弾き飛ばすと、大雨で大幅に増した川の水を引き連れて、ごうごうと荒ぶる濁流となって里の方へと下って行った――。


***


 辰が目覚めた時、山女とふたり祠へもたれ掛かる様に座っていて。
 傍に、山女のために辰が用意した桐の木箱ながもちと、大量の宝飾品が散らばっていた。

 辰の腕にいだかれる形で山女はすやすやと寝息を立てていて、その寝顔にホッと吐息を落としてから、夢うつつの中での出来事を思い出した辰だ。

なぎ……」

 血を分けた真の娘の名をつぶやいて周囲を見回すと、川は昨日とは一変。恐ろしいほど穏やかに陽光をキラキラと跳ね返していた。

 だが、川を取り囲む木々が大量になぎ倒されて、まるで巨大な蛇がここを通ったみたいな有様になっていて。

(これはやはり――)

 あれは夢などではなく、ふもとの里は産まれたばかりの龍神の〝仮初かりそめ逆鱗げきりん〟に触れて、綺麗さっぱり押し流されてしまったと考えた方がいいだろう。

 辰は腕の中の山女をそっと長持ながもちにもたれ掛からせると、祠の格子戸に手を掛けた。
 そうしていつもの調子で開けてみたけれど、扉の先は見慣れた屋敷などではなく、傀儡くぐつ同然のミントグリーン 薄青藤色拳大こぶしだいの宝玉があるだけだった。

 異世界に繋がれない事にハッとして、肩から着物を落として自身の背中へ触れてみた辰だったけれど――。



「辰……様……?」

 そこで目を覚ましたらしい山女に声を掛けられた。

 山女は辰がすぐ傍にいる事に心底驚いた顔をして、
「え? あれ……? 私……、確か手足を縛られて……川へ……」
 そこまで言って、ハッとした様に辰を見詰めてから、「もしかして辰様が……助けて下さったのですか?」と瞳を潤ませる。
 それに小さく頷いた辰へ、「有難うございます!」と礼を言うなり、思わずと言った具合にギュッと抱き付いて。辰が上半身裸な事に気が付いた途端、真っ赤な顔をして飛びのいた。

「わ、私ったら……すみませんっ!」

 山女はソワソワと視線をさまよわせた後、辰に触れた自分の両のてのひらをじっと見つめてから。寸の間遅れて「あ!」と口を押さえて、「辰様の背中……」と小さくつぶやいて瞳を見開いた。

 山女に言われなくても分かる。

 あんなに熱かった背中が、今はすっかり何ともないし、諸肌もろはだを脱いだ時、着物が引っかかる感触もなくなっていた。

 卵がかえり、新たな世代の龍神――凪――が誕生した時点で、仮初の主や卵の護り手としての辰の役目は終わったと言う事だろう。
 今思えば、辰の背中の鱗が落ち始めたのは、卵の孵化うかに伴う前兆だったのだ。


「ああ、見ての通りどうやら俺はただの人にらしい」

 言って、辰が少し困ったように笑って見せたら、山女がキョトンとした顔をした。

 山女は辰が元々人であった事など知らないのだから無理もない。
 彼女には、辰が龍神の代役を務めるに至った事の顛末てんまつを、全て話さねばなるまい。

 だけど今はそれよりも――。


「俺はもうお前のために何かを出してやることの出来ないただの男だ。年だってお前よりとおも上だが、お前を愛しく思う気持ちだけは誰にも負けておらん事だけは誓える。――なぁ山女。こんな俺でも……また一緒にいてくれるか?」

 何のしがらみもない一人の男としての辰を、山女は選んでくれるだろうか。

 正直若く美しい山女に、何の権力もない自分がついてきて欲しいなどと申し出るのはおこがましい事に思えた。

 だが、辰は言わずにはいられなかったのだ。


「辰様はうつけ者です。いつもご自分のお気持ちばかりで、このに及んでも私の気持ちには嫌になるぐらい疎いんですもの」

「……山女?」

 山女の言葉を聞いて不安になった辰が彼女の名を呼んだのと同時。

「嫌だと言われても、私、もう決して辰様のお傍を離れません!」

 言うなり、山女が正面からギュウッと辰に抱き付いてきて。
 辰は、もう二度とこの小さな身体を離すまいと心に誓った。


        【了】(2022/08/08-08/29)
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