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(3)異形の男と、人間の女*
辰の背中
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「山女。お前にもちゃんと見せておかねばならないね」
辰は一旦土間から白木の板間に上がると、自分の腕に取り縋っていた山女の手を取って引いた。
そうして板間の中程まで来ると、おもむろに着物の襟元を寛げて諸肌を脱ぐ。
「きゃっ」
途端、山女が恥ずかしそうに顔を両手で覆って、耳まで赤くするから。
辰はその反応の初々しさに、言い様のない愛しさを覚えて。
そうしてすぐさま思う。このままでは良くない、と。
今のまま山女を手元に置いておけば、里に戻してやれなくなりそうで怖い。
辰にとって山女は、十余りの頃から面倒を見、慈しんで育ててきた娘のような存在だ。
辰は山女に人並みの幸せを掴ませてやりたいと思っているのだが、それは常ならぬ身の自分には与えてやれないものだと言う事も嫌と言うほど心得ている。
生娘のまま山女を人里に返してやらねばと切に願っているのに、この所の自分は娘であるはずの彼女に対して、しばしば有り得ない劣情を抱いてしまう。
溢れ出す欲情に駆られるがまま、彼女から流れ出る体液の何もかもを味わい尽くして、その小さな身体の奥の奥まで自分のもので満たす事が出来たなら、どんなに心地よいだろう!ととんでもない妄想までしてしまう始末。
この所、山女自身の辰に対する距離感も幼い頃とはどこか変わってきて、時折妙に〝女〟を滲ませるから。
つい山女自身からも、彼女を手籠にしてしまう事を許されているような錯覚さえ覚えてしまうのだ。
身の内で渦巻く獰猛な肉欲に流されて山女を傷物にしてしまう前に、一刻も早く彼女を里へ戻さねばなるまい。
そう思うのに――。
「恥ずかしがっていないで俺を見ろ」
別れるその日まで、きっと見せなくても問題ないはずの〝それ〟を見せて彼女を牽制してでも、辰は山女をもう少しだけ手許に置いておきたいと希ってしまった。
山女の視線を自分の方へ促しながら、背中を向けた辰に、すぐ背後で山女がひゅっと息を呑む気配が伝わってきた。
「辰様、これ……」
ややして、そっと肩甲骨の辺りに小さな指先が触れる感触がして、辰はグッと奥歯を噛みしめて、下腹部を直撃するような快感をやり過ごした。
***
初めて辰の半裸を目の当たりにした山女は、彼の両肩を中心に、背中へ向けてビッシリと肌を覆い尽くす銀虹色に輝く鱗を見て息を呑んだ。
その余りの美しさに、思わず許可も得ていないのに辰の背に触れてざらざらとした鱗の感触を指先で確かめた山女は、何を言ったらいいのか分からないまま彼に呼び掛けていた。
何故なら、山女はこの鱗を知っていたから。
辰に声を掛けると同時、山女は思わずいつも懐に忍ばせている小さな巾着袋を着物の上からそっと押さえた。
「――そうだ、山女。お前に渡したそれは、この背の鱗だ」
言われなくても頭の片隅では分かっていたはずなのに、常に人の姿で接してくれていた辰と、この美しい鱗が本当の意味で自分の中で結びついてはいなかったのだと痛感させられた山女だ。
山女は、今更のように辰が人ではなかったのだと思い知らされて、悲しくて堪らなくなって。
「辰様、私……」
ギュッと唇を噛みしめて辰のすぐ傍で立ち尽くす山女に、
「な? 分かったであろう? 俺はどんなに大水が出ようとも死んだりはせんよ」
辰は言い聞かせるようにそう告げて、乱した着物を正した。
「良い子にして待っておられるな?」
呆然と動けずにいる山女の横をすり抜けるようにして土間へ降りた辰が、戸口で振り返って声を掛けてくる。
山女は今度こそ辰を引き留められないまま、彼が木戸を開けて外へ出て行くのを呆然と見送った。
辰は一旦土間から白木の板間に上がると、自分の腕に取り縋っていた山女の手を取って引いた。
そうして板間の中程まで来ると、おもむろに着物の襟元を寛げて諸肌を脱ぐ。
「きゃっ」
途端、山女が恥ずかしそうに顔を両手で覆って、耳まで赤くするから。
辰はその反応の初々しさに、言い様のない愛しさを覚えて。
そうしてすぐさま思う。このままでは良くない、と。
今のまま山女を手元に置いておけば、里に戻してやれなくなりそうで怖い。
辰にとって山女は、十余りの頃から面倒を見、慈しんで育ててきた娘のような存在だ。
辰は山女に人並みの幸せを掴ませてやりたいと思っているのだが、それは常ならぬ身の自分には与えてやれないものだと言う事も嫌と言うほど心得ている。
生娘のまま山女を人里に返してやらねばと切に願っているのに、この所の自分は娘であるはずの彼女に対して、しばしば有り得ない劣情を抱いてしまう。
溢れ出す欲情に駆られるがまま、彼女から流れ出る体液の何もかもを味わい尽くして、その小さな身体の奥の奥まで自分のもので満たす事が出来たなら、どんなに心地よいだろう!ととんでもない妄想までしてしまう始末。
この所、山女自身の辰に対する距離感も幼い頃とはどこか変わってきて、時折妙に〝女〟を滲ませるから。
つい山女自身からも、彼女を手籠にしてしまう事を許されているような錯覚さえ覚えてしまうのだ。
身の内で渦巻く獰猛な肉欲に流されて山女を傷物にしてしまう前に、一刻も早く彼女を里へ戻さねばなるまい。
そう思うのに――。
「恥ずかしがっていないで俺を見ろ」
別れるその日まで、きっと見せなくても問題ないはずの〝それ〟を見せて彼女を牽制してでも、辰は山女をもう少しだけ手許に置いておきたいと希ってしまった。
山女の視線を自分の方へ促しながら、背中を向けた辰に、すぐ背後で山女がひゅっと息を呑む気配が伝わってきた。
「辰様、これ……」
ややして、そっと肩甲骨の辺りに小さな指先が触れる感触がして、辰はグッと奥歯を噛みしめて、下腹部を直撃するような快感をやり過ごした。
***
初めて辰の半裸を目の当たりにした山女は、彼の両肩を中心に、背中へ向けてビッシリと肌を覆い尽くす銀虹色に輝く鱗を見て息を呑んだ。
その余りの美しさに、思わず許可も得ていないのに辰の背に触れてざらざらとした鱗の感触を指先で確かめた山女は、何を言ったらいいのか分からないまま彼に呼び掛けていた。
何故なら、山女はこの鱗を知っていたから。
辰に声を掛けると同時、山女は思わずいつも懐に忍ばせている小さな巾着袋を着物の上からそっと押さえた。
「――そうだ、山女。お前に渡したそれは、この背の鱗だ」
言われなくても頭の片隅では分かっていたはずなのに、常に人の姿で接してくれていた辰と、この美しい鱗が本当の意味で自分の中で結びついてはいなかったのだと痛感させられた山女だ。
山女は、今更のように辰が人ではなかったのだと思い知らされて、悲しくて堪らなくなって。
「辰様、私……」
ギュッと唇を噛みしめて辰のすぐ傍で立ち尽くす山女に、
「な? 分かったであろう? 俺はどんなに大水が出ようとも死んだりはせんよ」
辰は言い聞かせるようにそう告げて、乱した着物を正した。
「良い子にして待っておられるな?」
呆然と動けずにいる山女の横をすり抜けるようにして土間へ降りた辰が、戸口で振り返って声を掛けてくる。
山女は今度こそ辰を引き留められないまま、彼が木戸を開けて外へ出て行くのを呆然と見送った。
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