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Epilogue

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凜子りんこ、よく頑張ったな」

 奏芽かなめさんにそっと優しく額に張り付いた髪の毛を避けられて、「お疲れ様。ありがとう」と続けられた私は、ホッとして小さく吐息を落とした。

 結局「高位破水」から始まった私のお産は、そこから数時間で本格的な陣痛が始まって、そのままお産に移行した。

 陣痛が来るまでにあまり時間がかかるようなら陣痛促進剤を使わないといけなくなるかも?と言われていたけれど、お陰様でその心配はなくなって。

 2800g台で生まれた私から、4000g近い大きな赤ちゃんが出てきたからかな。
 初産で、しかも小柄な私には結構お産が大変に感じられて。
 ある程度は覚悟していたつもりだったけど、こんなに痛いの⁉︎って途中で泣きそうになった。

 とはいえ、助産師の御神本みきもとさんや、産科医の杉本先生に言わせると割と教科書通りなお産だったらしくて。「よかったね、安産だったね」って言われてしまった。

 あれで安産だとしたら難産はどんななんだろう⁉︎とか思いつつ。


「赤ちゃん……」

 時計を見ると午前8時を少し過ぎたところで。
 この病院に奏芽かなめさんと一緒に来たのが昨日の20時過ぎだったことを思うと、12数時間程度の所要時間だったのかな?とぼんやり思う。

「元気な男の子ですよ」
 綺麗にぬぐわれてはいるけれど、ところどころまだ血の付いた青紫色の赤ちゃんが、タオルにくるまれた状態で御神本みきもとさんに抱かれてすぐそばまでやってくる。

 その間も、足元の方では先生が私の産後の処置などをしてくださっていて。

 私はぼんやりした頭で赤ちゃんの顔を見て、即座に「奏芽かなめさん……?」ってつぶやいてしまった。

 びっくりするぐらい奏芽さん似のハンサムな赤ちゃんに、思わず笑みが漏れる。

 こんな可愛らしい赤ちゃんが私から産まれて来たの?って思ったらすごく不思議な気持ちがして。

「いや、俺っていうより凜子りんこだろ」
 奏芽さんはそうおっしゃるけれど、私には奏芽さんにしか見えません。

「どっちに似てもハンサムさんになりますよ~」

 御神本みきもとさんにそう太鼓判を押されて、奏芽さんが「当然だな」ってニヤリとなさった。

 お腹にいる時からこの子が男の子なことは分かっていたから、名前は奏芽かなめさんと話し合って既に決めてある。

「初めまして――」
 そう言って小さな手に触れたらやんわりと握り返してくれた。

 奏芽かなめさんも、彼の妹の音芽おとめさんも、そうして姪っ子の和音かずねちゃんも、みんな音楽にちなんだお名前だとお聞きして。

 うちの子もそういうお名前がいいですって奏芽かなめさんに話して。

「よろしくね、拓斗タクト

 2人でたくさんたくさん挙げた候補の中から、最終的に選んだのが指揮タクトを響きに持つ、拓斗タクトという名前。

 どんな困難にも負けず、自分で道を切り拓いていって欲しい、広い心を持った大きな男の子に育って欲しい。
 そんな願いを込めて付けた名前。

 パパ似で美形のこの子に、その名前はとても似合っている気がした。


「拓斗、退院したら俺がお前のこと、診てやるからな」

 奏芽かなめさんがパパとお医者様両方の顔をしてそうおっしゃって。
 慣れた手つきでその頬に触れる。

 私はその優しい声音にホッとしてから、
「そういえば奏芽さん……今日もお仕事なんじゃ……」

 私はこのまま赤ちゃんとしばらく入院だけど、奏芽さんは今日も普通に病院で診察があるはずで。
 徹夜になってしまったことを今更のように心配したら、ニヤリと笑われた。


「俺、病院しごと終わるまで来られねぇけど、2人で待っていられるよな?」

 何だかその言葉に、これからずっと続いていく未来の1コマを垣間見た気がして、私はじんわりと温かな気持ちになる。


「奏芽さん、行ってらっしゃい」

 分娩台の上。
 何だか非日常と日常が入り乱れたような変な状態だけど、それもまたお医者さんの妻らしくていいかもしれない、って思ってしまった。


「行って来ます」

 御神本みきもとさんと杉本先生に「妻と息子のこと、頼みます」と軽く頭を下げて分娩室を出て行く大好きな奏芽さんおっとの背中を見送りながら、そんな風に思った。



   END(2020/06/06-2021/02/21)
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