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胸騒ぎ
side:Kaname Torikai 2
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今の片山さんの口ぶりからすると、1時限目がないと言う可能性は低い。
朝イチの講義に間に合わせるために凜子がいつも利用しているバスなら、もうとっくに大学前を通過している時刻だ。
それを知っているから、片山さんも先のような発言になったんだろう。
「凜子、まだ来てねぇんだな?」
俺は諸々すっ飛ばしてそれだけを聞く。
「え? あ、はいっ!」
自分でも分かるくらい、声が低音になっているのを感じた。片山さんが、それに気圧されたように固くなったのも無理はない。
「解った、有難う。――あ」
自分が言いたいことだけ告げて電話を切ろうとして、俺はふとそこで手を止めた。
「あのさ、もし、凜子が来たら連絡くれるか? これ切ったら俺の携帯から片山さんのにワン切り入れるから……そこに」
「あ、あのっ……」
片山さんがまだ何か言いたげに口を開いたけれど、俺は「頼んだぞ」と半ば一方的に電話を切った。
切りながら、受話器側とは別の手で持ったスマホに片山さんの番号を打ち込んで、ワンコールだけして切る。
そのままもう一度例の追跡アプリを立ち上げて――。
やはり未だに凜子の位置を現す「泣きべそウサギ」がある一点から動かずにロスト表示のままなことを確認した俺は、スマホを握りしめる。
そうしながら白衣を脱ぎ捨てて椅子に放ると、第一診察室へ向かった。
「院長、俺、ちょっと今日は診察できそうにないです」
いつもなら、身内という甘えもあって、もっと砕けた物言いになるところだが、今日は――いや、今だけは……そんな甘えで親父に接したくないと思った。
「もうじき開院時刻だぞ。何を馬鹿なことを」
スタッフたちも親父と同じ意見らしく、冷ややかな視線が突き刺さる。
「音芽が! あなたの娘が切迫した危機的状況にあるって言ったらどうしますか?」
こんな卑怯な手、使いたくなかったが仕方ない。
この親父が、娘を溺愛していることは周知の沙汰だ。
実際には音芽は何ともないんだが、俺にとって凜子は音芽と同じぐらい……いや下手したら音芽より大切なんだ。少しくらいの嘘、許して欲しい。
「音芽に何かあったのか!?」
案の定食い気味に俺に詰め寄ってくる親父に、「音芽には旦那が付いてるから問題ないです」と告げてから、すぐに言葉を続ける。
「けど! 俺にとって音芽と同じくらい……いや下手したらそれ以上に大事な女性のピンチかも知れないんです。だから――」
行かせてくれ。
そう言おうとしたら、皆まで言う前に「さっさと行け」と追い払うような仕草をされた。
いいのか?と言う言葉も出ないほどに、俺は親父からのその言葉を待ち望んでいたんだと思う。
正直な話、ダメだと言われても行く気満々だった。けど、やはり仕事に穴をあける以上、ちゃんと筋は通したかったから。
「恩に着ます!」
言って踵を返した俺に、「奏芽。どうなったかちゃんと連絡してきなさい。――あと、無茶はするな。お前の大事な子のためにも」という言葉が投げかけられた。
俺は振り向かずに片手だけ挙げて、それに了承の意を示した。
朝イチの講義に間に合わせるために凜子がいつも利用しているバスなら、もうとっくに大学前を通過している時刻だ。
それを知っているから、片山さんも先のような発言になったんだろう。
「凜子、まだ来てねぇんだな?」
俺は諸々すっ飛ばしてそれだけを聞く。
「え? あ、はいっ!」
自分でも分かるくらい、声が低音になっているのを感じた。片山さんが、それに気圧されたように固くなったのも無理はない。
「解った、有難う。――あ」
自分が言いたいことだけ告げて電話を切ろうとして、俺はふとそこで手を止めた。
「あのさ、もし、凜子が来たら連絡くれるか? これ切ったら俺の携帯から片山さんのにワン切り入れるから……そこに」
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切りながら、受話器側とは別の手で持ったスマホに片山さんの番号を打ち込んで、ワンコールだけして切る。
そのままもう一度例の追跡アプリを立ち上げて――。
やはり未だに凜子の位置を現す「泣きべそウサギ」がある一点から動かずにロスト表示のままなことを確認した俺は、スマホを握りしめる。
そうしながら白衣を脱ぎ捨てて椅子に放ると、第一診察室へ向かった。
「院長、俺、ちょっと今日は診察できそうにないです」
いつもなら、身内という甘えもあって、もっと砕けた物言いになるところだが、今日は――いや、今だけは……そんな甘えで親父に接したくないと思った。
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スタッフたちも親父と同じ意見らしく、冷ややかな視線が突き刺さる。
「音芽が! あなたの娘が切迫した危機的状況にあるって言ったらどうしますか?」
こんな卑怯な手、使いたくなかったが仕方ない。
この親父が、娘を溺愛していることは周知の沙汰だ。
実際には音芽は何ともないんだが、俺にとって凜子は音芽と同じぐらい……いや下手したら音芽より大切なんだ。少しくらいの嘘、許して欲しい。
「音芽に何かあったのか!?」
案の定食い気味に俺に詰め寄ってくる親父に、「音芽には旦那が付いてるから問題ないです」と告げてから、すぐに言葉を続ける。
「けど! 俺にとって音芽と同じくらい……いや下手したらそれ以上に大事な女性のピンチかも知れないんです。だから――」
行かせてくれ。
そう言おうとしたら、皆まで言う前に「さっさと行け」と追い払うような仕草をされた。
いいのか?と言う言葉も出ないほどに、俺は親父からのその言葉を待ち望んでいたんだと思う。
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「恩に着ます!」
言って踵を返した俺に、「奏芽。どうなったかちゃんと連絡してきなさい。――あと、無茶はするな。お前の大事な子のためにも」という言葉が投げかけられた。
俺は振り向かずに片手だけ挙げて、それに了承の意を示した。
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