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曖昧な関係

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「――とりあえず、車行くぞ」

 言って、私を抱きしめていた腕をほどくと、代わりみたいに手を引いて、奏芽かなめさんが歩き出す。

 私はそんな彼の背中をじっと見つめながら、小走りで付き従って。

 いつもの奏芽さんなら、私の歩幅なんかを考えてもう少しゆっくり歩いてくれる。
 でも、今はそれどころじゃないのかな。

 ちょっと走らないと付いていけないくらいの速度で、グイグイ私を引っ張って歩くの。

 そんな私たちの動きをいくつもの好奇の眼差しが追ってきたけれど、私、不思議とそれが気にならなかった。
 というより……奏芽さんの言葉と、日頃とは違う雰囲気に気圧けおされて他のことが考えられなかった、というのが正しいかな。

***

 奏芽さんに助手席のドアを開けてもらって恐る恐る車内に乗り込みながらも、視線は片時も彼から外せない。

 車内はさっき嗅いだ奏芽さんの香りでいっぱいで、いいにおいだなって思うのにソワソワと落ち着かなくて。

 緊張しすぎてうまくシートベルトの留め具がはめられなくてあたふたしていたら、運転席に乗り込んできた奏芽さんが無言で留めてくれて。

「あ、りがと……ございます」
 って言ったら「おう」って視線を向けないままに返された。

「――凜子りんこ、今日、バイトは?」

 運転中だから当たり前なのかもしれないけれど、一度も視線が絡まないままに奏芽かなめさんに問いかけられる。

 それが落ち着かなくて、
「お、お休み……です」
 何となくドキドキしてそう言ったら、「飯、食いに行くか?」って聞かれた。

 そこでふと思い出したように
「そういえば弁当箱」
 言って、センターコンソールに置かれた小さな紙袋を手渡された。

 受け取るとすっかり軽くなっていて、「ちゃんと洗ってあるから」らしい。

「あ、ありがとうございます」
 何だかそういうこと――食器洗い――をしている奏芽さんが想像できなくて、戸惑ってしまう。

 その気持ちが思わず紙袋と奏芽さんを見比べる所作に繋がって。

「凜子、大体何考えてるか想像出来んだけど……俺だって一応長いこと独り暮らししてっからな?」

 言って、「食洗機にはかけてねぇよ」って付け加えられた。
「え?」
 何を言われているのか分からなくて思わずそうつぶやいたら、「たまに変形すんだよ。プラスチック製品入れると」って案外所帯じみたことを言うんだなっておかしくなった。
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